11:転化・発現してゆく怪異

 目を開く。オレンジの光が刺す涼しい部屋のベッドに私は横たわっていた。全く見慣れない景色を前に動揺するが、心を落ち着かせ、辺りを見渡すことにした。目の前にあるのは木製の小さな机、椅子……それと、ブラウン管のテレビ。つきあたりにこの部屋の引き戸が存在し、その隣には清潔な洗面台があった。

 そうか、私は病室にいるのか。謎の女、アイリーンとの戦いで、いつの間にか気を失っていたようだ。まだ生きていたことに、少しばかりか安心してしまう。

 ……いや、私は何を言っているんだ? 安心している場合ではないだろう、私のことなんてどうでもいいんだ! ナツメ……ナツメは今どこにいる……!? 初めての友達になってくれたナツメ、私は……彼女を失いたくない!


「ナツメ!!!」


 私は病室を出ようと咄嗟にベッドから跳ね起きた。だが布団を剥いでみると、服は一枚も着ておらず、どうにも行くに行けない状況であった。……咄嗟に自身の道徳心と天秤にかけたが……そんな状態でナツメと遭遇しても意味がないだろう。

 私は大きくため息をつき、ベッドへへたり込んだ。なんでよりによって全裸なんだ。精密検査でも受けていたのだろうか。そう思い、全身を見渡す。

 そこで一つ異変に気づく。平常時ならついているものがついてなく、出ていないところが出っ張っていたのだ。伸びている髪を手繰り寄せたところ、スパークヒーロー時のブロンドヘアーになっていたことから、私が女性化から戻れなくなっている事に気づかされた。私のヒーロースキル「チェンジ」発動中である場合のみ女性化するのは確かなのだが、効果が切れた場合、元の性別へと戻るはずだ。……原因は、やはり呪縛系スキルの影響なのだろう。まさか呪いが進み、こんなにも早く女性から男性へ戻れなくなってしまつたのだろうか…… とにかく、男だろうが女だろうが着るものを着ていないとナツメのもとへ行けない。どうにかして身支度を済ませなければ……


「ねぇ、入るけどいい?」


 焦っていた状況の中、病室の扉をノックする音が三回。その後に聞いたことのある声がした。……声色から、声の主はクレアであることが窺えた。 訪問者が知人であることは丁度良かったが、今扉を開けられると私のありのままの姿が晒されてしまう。


 しかし、咄嗟に拒否する間もなく扉が開き、声の予想通りクレアが病室へと入ってきた。その1秒後、彼女はこれも予想していた通り、私を見るや否や口を大きく開き絶句した。


「あんた……もしかして自分の体で興奮してるの?」

「ち、違う! ……というか、入ってきて早々引かないでくれないかな!!」

「引かないでとか無茶言わないでよ!! あんた、変身時女性になるのはあまり興味ないみたいな雰囲気出してたじゃないのよ……実は裏では女性になって……その……た、愉しんでたなんて気持ちが悪いのよ!」

「ご、誤解だ! 目覚めたときから服を着ていなかったし……それに、私が今女になってるのも異常なんだよ! 本来なら気を失ったり、スキルの効力が切れた段階で男に戻っているはずなんだ! ほ、ほら! もしかしたら呪縛系スキルの影響かもしれないしさ!」


 私は咄嗟に布団を被り、弁明するが、クレアは呆れた顔をするだけで、にわかに信じられないような様子であった。


「呪縛系スキルの影響かも、ねぇ。……咄嗟の言い訳にしてはなかなか出来が良いだろうけど、別に他人の性癖なんて興味ないし、隠すこともないのに。まぁ気持ち悪いことには変わりないけど」


 私の言葉を頑なに信じてくれないクレアに若干の苛立ちを感じていたが、今はそんなことで時間を食い潰している場合ではない。クレアがなぜここへ来てくれたか等気になることは山程あるが、今一番重要なのは、ナツメの安否なのだ。


「そんなことより、一緒に帰ってたナツメはどうなったんだ!! 彼女は……酷く怪我をしていたはずだ……私は彼女を助けることができなかった……! だからこそ、すぐに探しに行かなければいけないんだ!」


 私の形相を見て、クレアは大きく溜息を吐く。


「そう先走らないでもらえる? あたしがあんたの為だけにここに来るわけ無いでしょ。あんたの探してるナツメ本人に頼まれて、ここまで案内したのよ。」


 そう言うと、彼女は廊下の方に向かって何やら手招いた。すると、彼女よりも小柄な女子が一人病室へ入ってきた。紛れもない……この和やかな雰囲気の女子は、アイリーンから酷い仕打ちを受けたはずの、あのナツメそのものであった。


「エレンさん。無事だったんですね…… あれ? なんで変身しているんです?」

「……ナ……ツメ……!!! よかった、ナツメ!!!! 無事だったのか!!」


 ナツメは見た限りでは四肢こそ何も損傷していないものの、血が足りていないのか彼女の表情は、下校中のときよりも青ざめていた。

 私は脇目も振らず布団から飛び出て、ナツメの手を取った。ナツメは咄嗟の出来事すで私と友達になった放課後のときのように目を丸くし驚いていた。ナツメは私の目からストンと視線を下へと落とし、その瞬間、声にならないような悲鳴を上げた。


「……ェ、エレンさん……!? はだ、裸じゃないですか……!!」

「へ? うわぁッッッ!!! ご、ごめん!」


 再度布団へとダイブし、ホコリが宙を舞う。ナツメはその場で立ち尽くし、青白い頬を少し赤らめるだけであったが、クレアの方は私の一連の行動に、わざとらしく溜息をつき、目の前まで近づいてきた。そして私を冷酷な表情で見下ろし、いきなり拳を私の右肩へと強めにぶつけてきた。


「あんたって、ほんとにつくづく……ムカつくよね」

「い、いきなり何だよ……」

「ねぇ、何でそんな緊張感がないの? さっきまでは病み上がりだったし少しは気を遣ってたけどもう限界、腹が立つ」


 突然、クレアに胸倉を掴まれ、思い切り引き寄せられる。


「少しだけ先日の戦いについてキリガヤさんから聞いたわ。……キリガヤさんはあんたよりも先に敵に刃を向けたそうね。ヒーローとしての役割をすでに心得て、賢明な行動をしたことへ敬意を表すわ。……身体を潰され、戦線離脱して尚、迅速にヒーロー協会へ緊急通報を行ったのも、完璧だとあたしは思う」

「……」


 私の気が動転したことにクレアは気づき、気に入らなそうに舌打ちをした。


「キリガヤさんからあんた達の事象について詳しくは聞かなかったわ。二人がどうして五体満足で生還できたのかとか、あたしにとっては些細なことなの。それよりも……この戦いであんたが真っ先に敵に立ち向かわなかったこと、そして何より、身を挺してキリガヤさんを守らなかったことが、あんたを今すぐにでも殺したくなるくらい腹が立っているの!!」

「それ……は……」

「言い訳なんて聞きたくもない! どうせ怖気づいたとか敵の特徴に覚えがあったとか、そんなどうしようもない事言い出すんでしょ! ……あんたはヒーローを目指しているのよね? だったら! 目の前の脅威についての事情なんて二の次、先ずは周りの人を率先して守ることに命をかけろ!!」


 クレアは私の頬へ思い切り平手打ちをし、目元に涙を溜めていた。……確かに、彼女の言う通りだ。ぐうの音も出ない。ナツメを真っ先に庇うことすらかなわず、目の前の大きな脅威にただただ怖気づいてしまったのだ。ナツメは男である私を率先して守ってくれたというのに……!!


「そうだ。クレアの言う通りだ……私は、最低だったよ。ナツメに顔向けなんてできないはずだったんだ。なのに、自分が巻いた種だったというのに! ただただ彼女の心配だけをしていたなんて……!」


 クレアにこれだけ言われて初めて、事の重大さとヒーローが被る責任の重さ、そして自分の弱さを実感してしまった私は、情けなさや申し訳ない気持ちなどで感情がぐちゃぐちゃになっていた。


「エレンさん、そんなに気負わなくても……私は別に責めたりなんてしませんよ」

「でも、私のせいで君は重傷を!」

「私、あのような状況ではあったものの、エレンさん程重症ではなかったんですよ? その、驚かないんでほしいんですけど……ここ、見てください」


 そう言うと、ナツメは服をたくし上げて、ちょうどアイリーンにやられた下腹部辺りを露わにした。


「これは、一体……!?」


突然素肌を晒してきたので最初は顔を背けそうになったが、恐る恐る彼女の肌を見ると、なぜかそこには傷一つなかった。……確かに彼女は急所に一撃をもらっていたはず……一体どういうことなのだろうか。


「ナツメ……あの一連の光景は幻影だったのか? 私は確かに君が腹部に一撃を食らっていたところを目撃したのだが……」


 私の言葉に、ナツメは少し申し訳なさそうに頬を掻いた。


「教室でエレンさんにスキルの説明をしていましたよね。あの時説明したスキルの内容はまだほんの一片だけだったのです。……本当はもっと複雑で悲しいスキルなんですよ。」

「複雑で、悲しいスキル……?」

「それは……」


 ナツメが口を開こうとすると、それをクレアがいきなり遮った。


「待って、本当にエレンに教えるつもりなの? キリガヤさん、私には打ち明けてくれたけど、スキルの全貌を知ってるの周りでは私の他に学校の教員くらいで、クラスメイトには隠しているんでしょう?」

「……クレアさんとエレンさんなら絶対にこれを知ったところで不気味がらないと確信してますし、何より、私から話したいと思ったのです。どうか、説明させてください」

「……貴女がそう言うなら、もう止めないわ。……だけど、キリガヤさんもエレンを今後友人として受け入れるのなら、あたしの条件を飲んでくれるかしら。……今回の件も踏まえて、コイツは完全に信用できるようなヤツじゃないと判断した。今はまだ、学園の報復を懸念してあたしからは手を出していない。……けれど、私の冷刃は常にエレンの喉元に突きつけていると認識しておきなさい。もしもキリガヤさんがそれに抵抗するのであれば、相応の判断を下すまでよ。」

「……承知しました。心得ておきます。」


 クレアはナツメの返事を受け取ると、冷たい表情のまま踵を返して部屋を出て行った。


 ナツメはクレアの反応に少し寂しそうな表情をしたが、すぐに私の方へ向き直り、姿勢を正し小声で説明を始めた。


「私の真のスキル名は、【人断ちひとたち】。私の出身、倭国で儀式によって10人の生贄を捧げられて会得したスキルであり、スキル内容は「再生力が上がる」という単純なものでした。……私は天下統一を収めた武士、シヅキ・アサノの娘でしたが、私もまた、同じスキルを授かっておりました。向上した再生力は強力ですが完全に治癒するまでに時間がかかるもので、かすり傷が数秒程、足が欠損した場合、約半年ぐらいは時間がかかりました。」


「……今のところは、人断ちという言葉の意味に直結しないスキルの内容だね。人を断つという言葉、それは一体……割り入ってごめん、続けて。」


「はい。……スキルの詳細の前に少し、倭国で能力が発現した私に起きたことについて話しますね。」


 ナツメは胸に手を当て、目を閉じ、過去の彼女自身について語り始めた。

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ジャスティス・ハート! Nave @Maccarow

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