10:消失・私は、あまりにも無力

『モード:ヴェノム・ファントム』


「ふぃーっ……なんで戦闘スーツってこんな悪趣味なデザインが多いんかねぇ。毎度恥ずかしくてたまんねぇ」


 黒い光が失せると、そこにはワインレッドのラインがボディを強調するように施された、ブラックベースのラバースーツを装着した女が、不満そうに佇んでいた。

 胸元や太ももなど、様々な箇所が露出しており、眼のやり場にこまる程際どい衣装であった。


 それにしても、一体何故だ……? ここはヒーロー協会により厳重管理されているエリアだったはず……だとしたら、イビル・ソルがこの場所にいる事自体が異常だ。どれだけ監視の眼を欺けるとして、協会のヒーローは、協会本部とも隣接しているこのエリアにイビル・ソルを近づけることなんて絶対させないはずだ。……状況に混乱している暇はない。まずは学校に緊急連絡を送らなければ……!


 私はとっさに右中指にはめてあるリングに内蔵されているスマートデバイスから、学校宛ての救難信号を送信しようとしたが、何故か街中であるにもかかわらず、ホログラム化した画面には致命的なエラーと表示されており、送信することができなかった。


「あー、やめとけ。どうせ姉貴のジャミングスキルが働いてっから、しばらくはヒーローの援護は受けられねぇよ。……まぁ、こんだけ大きく動いたんだ。せいぜい10分くらいしか楽しめそうに無いよなぁ」


「お前らは……イビル・ソルなのか?」


 私の言葉を聞くと、彼女は目を丸くし、容姿に見合わないぽかんとした表情を浮かべた。


「は? ……そんなわけあるか。俺は姉貴としかつるんでねぇし、あんな腰抜け共なんて、ハナっから興味ないね」


「それじゃあ、お前は一体何なんだ!?」


 私の問いに彼女は含み笑いをし、こちらの方へと近づいてくる。咄嗟に戦闘態勢に入ると、彼女は、まぁまぁ落ち着け、と私を鎮めるように手を振った。


「俺の名はアイリーン。姉貴と一緒にヒーローを殺して回っている。理由は秘密だ。つまるところ、今はお前の脅威であり、尚且つお前らが憧れてるヒーローの敵でもあるってわけだ……まぁこれだけ伝えときゃ、てめぇが今からやるべき事は流石にわかんだろぉ?」


 そう言い、アイリーンは黒いオーラを漂わせているベルトの基盤を再度押し込み、前傾姿勢をとった。……まずい、本気で殺しにかかってくるつもりだ!!!


『フェイズ:ブレイク』


「おらさっさと変身しろぉ? じゃねぇとやられちまうぞ!!!!!!」

「いけない! エレンさん避けて!!」


 瞬間、ナツメはアイリーンの前へと飛び出し、『刹那』で思い切り薙ぎ払った。大胆な動きにもかかわらず、キィンと金属音が小さく聞こえただけで、素早い一閃がアイリーンの腹部を捉える。

「おっとぉ、これは驚いた」

  直撃を受けてアイリーンはよろめく。血が吹き出るが、彼女は不気味に笑い、ホコリを払うように肩を撫でただけだった。しかし、アイリーンの攻撃自体は防げたようだ。

「私の攻撃を受けても、何一つ動じないなんて……!?」

「てめぇはなのか……まだ成熟してなくてラッキーだったな。クヒヒヒ……さて、エレンちゃん。1対1といこうじゃぁねぇか」

「……何を言ってるんですか……私だって戦うんです……っ!?」


「うるせぇ。苗床には興味ねぇんだよ。とっととイッちまいな」


 アイリーンが一瞬苛ついたような表情を見せたかと思うと、彼女は一瞬でナツメの背後へと回り込んでいた。……なぜ、こんなにも速く動けて……!?


「裂掌」

「ぎぅッッッッ!?!?」


 素早く屈み、ナツメが反応できない恐ろしい速度で、アイリーンの拳がナツメの鳩尾を貫いた。ナツメの腹からは鮮血が溢れ、アイリーンの腕を伝って滴り落ちていた。アイリーンは、彼女の血の匂いをスンスンと嗅ぐと、頰を赤らめ、愉悦の表情を浮かべていた。そのまま、彼女はナツメの胸部の辺りまで腕を一気に突っ込み、その直後、グシャリと内臓を握り潰す鈍い破裂音が聞こえた。

「あっ、わりぃ。ちとやりすぎた」

「ぁ……ぁあぁ……あぐぅううぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!!!????」


 目を見開き、ナツメはバタバタと不自然に全身を痙攣させた。……私は眼の前の残酷な虐行に、金縛りを受けたかのように一歩も動けず、恐怖で脳内が埋め尽くされてしまう。……違う、違う!! アイリーンは私がターゲットだろ……なんで、なんでナツメが痛めつけられているんだ!!

「やっ……やめてくれ……! 私と戦うんだろ!!!!! 彼女は関係ない!!!!!!!!!」


「飛掌」


 アイリーンはそのままナツメをアッパーで空中へと吹っ飛ばした。更に踏み込み、コンクリートが軋むかのように振動を起こしたあと、常人とは思えない高い跳躍で、彼女のもとへと飛びかかる。


「ナツメ……!!? 避けッッ……!?」

「フィニッシュはてめぇら苗床が大好きな必殺技で決めなきゃなぁ?」

『フェイズ:フィニッシュバースト』


 先程と同じように基盤を押し込み、ベルト全体から蒸気が吹き出す。……このままだと……ナツメが……!!


「やめろぉおおおおおおおおおおおぉおおおおお!!!」

『チェンジ、スパーク・ヒーロー!』

全身に最大限の電流をまとわせ、針で縫われていたように微動だにしなかった私の足をようやく覚醒させる。すぐさま最大限の力を足に集中させ、跳躍するが、すでに彼女らは私の届かない場所まで達しており、手を伸ばしても、ナツメを掴むには程遠かった。


「エレンさん……逃げ……」

「破掌」


 アイリーン懇親の一撃が、ナツメを地面へと叩き落とした。凄まじい轟音とともに、落下した場所の地面は破砕し、大穴を開けた。


「ナツ……メ……」

 急いで落下した場所へと駆け寄る。だが、ナツメの姿はそこになかった。アイリーンは、上空で肩を鳴らし、眉間にシワを寄せていた。


「あぁん? ……っかしーなぁ……確かに手応えはあったんだが……まぁいい。これで邪魔者は消え去ったってわけだ」


 一体何が起きたのだろうか。……仮説ではあるが、アイリーンの様子を見るに、彼女は落ちる間に何らかの形で回避をとったのかもしれない……何にせよ、どうか無事でいてくれ……

 現状、アイリーンを止められるのは、ついに私だけになってしまった。この地区の市民を守ることは、たとえヒーロー候補生だとしても、義務なのだろう。私は……絶対に引かない。

戦闘態勢に入る。体中に再度電流を纏わせ、いつでも彼女が攻撃を仕掛けて良いように全神経を集中させた。……彼女が不穏な動きを見せたら、即回避し、反撃を伺う。

……格上の相手だろう。下手に自分から、出るな……


 緊迫している空気。アイリーンは、再度私に向き直り、不敵そうに笑みを浮かべた。……ナツメのためにも、絶対、この場を食い止めるんだ……!!


「んじゃぁ、おっ始めようぜぇ!!!」

『フェイズ:アクセル』


 アイリーンのベルトが勢いよく蒸気を噴出した瞬間、彼女は先程までとは全く比にならないスピードで眼の前まで飛びかかってきた。私は脚力を放電で底上げし、後ろへと飛び退き、それを回避する。間髪入れず、アイリーンは私の顔めがけて拳を振ってくるが、私はスパーク特有の瞬発力で、拳を寸前まで引きつけ、確実にかわした。


「どうしたどうしたどうしたぁっ!!? このまま避けてるだけかよぉ!!」

「くっ……今は避けるだけで精一杯……だけど……!」


 アイリーンの猛攻を受け流し続け、徐々に彼女の動きに順応していく。彼女は私の顔を殴ることに固執しているようで、攻撃のパターンは単純だ。右、左と交互にパンチを繰り出してくるが、毎回左拳を振ったあとに、極僅かだが、若干隙が生じる。右、左……右、左……次の左ストレートを……狙う!!!


「電光石火!!!!」


 彼女が左ストレートをかました瞬間、左寄りに屈み回避し、足からスパークを一気に放ち、彼女の顎へとアッパーを仕掛けた。突然の攻撃にアイリーンは驚き、反って避けようとするが、ベルトで間接的に強化されたスピードがかえって仇となり、クリーンヒットした。


「ぐぁっ……!!!」


 アイリーンは無防備に吹っ飛び、そのまま地面へと叩きつけられた。……今だ、今が絶好のチャンスだ! ここを逃せば……後は無い!


「ナツメを痛めつけ、苦しませた分……あんたにも同じ痛みを味あわせてやる!!!!!!」


 バングルを半回転させ、リミッターを外す。次の一撃に……すべてを掛ける!!


『アクセプテッド、スパーク・オペレーション……』

「双変身!!!」

『デュアルチェンジ! トラッキング・スパーク!!』

「これで……あんたを倒してみせるッッッ!!!!!」


「……ハナっから避けるつもりはねぇよ。全力でぶつかってきな」

 アイリーンは、観念したかのように、手招きをしてきた。……このような状況になっても、未だ不気味に笑っている彼女は、一体何者なのだろうか。……そんなこと、今は重要じゃない。……私は、バングルのスイッチを勢いよく押し込んだ。


『デュアル・アルティメイト』


 両足を開き、右手を倒れているアイリーンへと掲げる。スパークの球体が膨張を続け、エネルギーが蓄積されていく。私がグッと拳を握り力を入れると、スパークは一瞬で圧縮され、絶え間なく落雷のような轟音が響いた。


「私の全力……味わってみろ!!!」


『ボルテックス・シュート!!』


 そのまま空を殴りつけると、スパークはアイリーンのもとへと飛び、彼女にヒットした瞬間、フラッシュのような閃光の後、大爆発が起きた。衝撃は私のもとへも届き、その威力を物語っていた。文字通りの必殺技。私が悪を根絶させるために、こんな日のために、ずっと力を溜め込んでたのだ。


「ハァ……ハァ……」


 煙が晴れる。コンクリートの地面は完全に大穴が開かれ、高熱で景色が歪んでいるように見えていた。アイリーンは、今の技を受けて跡形もなく消えてしまったのだろうか。どこにも姿が見当たらない。

 膝を折り、地に手を付いて肩で息をしてしまう。すべての力を出し切った私は、その場から一歩も動けず、徐々に視界も霞んでいた。まだアイリーンが無力化できているかわからないというのに……私は、あまりにも無力であった。


「……ナツ、メ……無事でいてくれ……」


 そのまま、私は倒れ込み、視界は闇に包まれていく。……しばらくすれば、駆けつけたヒーローに保護され、医療施設へ運ばれるのだろう。仮にも、私はまだヒーロー候補生だ。緊急時に避難しなかった処罰を受け、セリカ先生にも叱られるはずだ。……ナツメ、君は一体どこへ……


 意識は途絶え、私は深い暗闇に飲み込まれていった。



***



『……ターゲットを再確認。予定通りアクターバングルのフュージョンセルにサンプルを注入してくれ。……アイリーン、今日はよくやってくれた。ボーナスは宿舎に戻ってから出そう。撤収を許可する』

「……ったく、最後まで事務的だな姉貴はよぉ。こちとら必殺技食らってんだっつーの」

『……そうは言うが、彼女のテストとはいえ、なにも技をもろ受ける必要は無かったはずだ』

「あれからちったぁ強くなったか見たかったんだよ。エレンにはもっと強くなってもらわねぇと俺も困るんだわ」

『そうか、それならいい。……さて、さっさと戻ってこい。ヒーローが既に近くまで嗅ぎつけてきている』

「へいへい。…………おい、エレン。お前が望む正義ってやつぁ、一体誰に刷り込まれたんだよ。お前は一番俺のことをわかっててくれたと思ったのによぉ……ヒーローに囲まれて、家畜のように肥え太っていくお前なんて、見たかねぇんだ」


「……いずれ必ず、お前を取り戻してやる。それまでしばらくの間、鍛え直してこい。んじゃあな!」

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