Episode 37 秋から冬まで

37-1.「来る者拒まずですよ」

 その衝撃の事件は週明け月曜日の朝に起こった。

 池崎正人が、ひとりで、優雅に早朝に登校してきたのである。

 早めに学校に来て朝の様子を眺めるのが習慣の船岡和美は、更に自分の前を歩いている正人を見つけて驚愕した。


「ちょっ、池崎くん、どうしたのさ。今日は何かあるの?」

「なにもないっすけど」

「やあ、もう、なんかさあ、びっくりするんだけど」

「? なにが?」

「いや、もう……」


「おはようございます」

 後ろから坂野今日子が挨拶してきた。

「おはようっす」

 会釈して正人はすたすた先に行ってしまう。

「なんだかもう、なんだかもう……」

 感無量。寝起きの悪さ伝説級の彼がまともに登校している。


 数日間の観察の後、和美は唸らざるを得なかった。

「一皮むけちゃったね」

「いい面構えです」

 今日子は本当にうれしそうだ。

 ここまで様子を見ていて確認できたことは、小暮綾香と別れたこと。

 そしてなにより中央委員長時代の美登利に大見えきって逆らった頃の覇気を、彼が取り戻したということ。


「いいことです」

 きらりと今日子は目を光らせる。正人が美登利に向かって舵を切ったことを確信しているらしい。

「でもさあ、特にアクションがないよね、彼」

 今のところ美登利に接触する様子はまるでない。

「いいことです」

 今日子は大いに頷く。

「状況確認することを覚えてくれたようでなによりです」

「そうかなあ」

「玉砕はしないという決意でしょう」

「一度や二度は当たって砕けるしかないんじゃないの? 相手が相手だよ」


 そこでくすりと今日子は微笑んだ。

「美登利さんは受け入れますよ」

「は?」

「きっと彼を受け入れます」

「え、だって」

「そこが皆さんわかってないとこですが、美登利さんは基本、来る者拒まずですよ。それが本物であれば」

「本物……」

「思いや覚悟、ですかね。そういう相手なら美登利さんは拒んだりはしません。優しいですから、あの人は」

「だって、でも」


「受け入れられたなら、あとは彼の立ち回り次第です。澤村くんはそれが抜群に上手でしたよ」

「……」

「美登利さんの意向をくみつつ、一ノ瀬くんとのバランスを取って身を処す。宮前くんも付き合いが長いだけあって自然にそれができていましたが、一ノ瀬くんとのしのぎ合いに疲れて逃げてしまいました。それで今いい関係が築けているので結果オーライですが」


「池崎少年にできるとは思えない」

「そうですね、でも彼は今までいなかったタイプの人です。一ノ瀬くんも美登利さんとの距離感を新たに講じなければならないのだし、今までとは違った戦いになるはずです」


「坂野っちはどうするのさ」

「私は池崎くんを推します。彼に一番手になってもらいます」

「マジで?」

 にっこり笑う今日子に和美はくらりとした。

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