37-2.最後に一緒にいられるなら




 予備校の出入り口でうまく一ノ瀬誠を見つけることができて和美は彼を呼び止めた。

「ちょっと時間ある」

「バスを待つ間なら」

 街灯の下で単語帳をめくる誠の横で和美は歯切れ悪く話し出した。

「池崎少年が、どうにも本気らしくてさ」

「へえ」

「小暮綾香とも別れたんだよ」

「それはそれは」


 次の言葉を探しかねている和美に同情したのか、誠の方が口を開いた。

「坂野くんが池崎くんに肩入れしてるから、悪いと思って注進しに来てくれたわけだ」

「そうなんだよね」

「坂野くんは、まあしょうがない。どうにも好かれてなくてさ、初対面で舌打ちされたくらいだ」

「へえ……」

「低レベルな嫌がらせをされるわけじゃないからまったくかまわないけど」

「悪かったねっ」


「池崎少年も」

 単語帳を繰りつつ誠は淡々と話す。

「しょうがない。なにしろ今は、分が悪い。かすめ取られたとしても仕方ないとは思ってる」

「は? なにさ、らしくもない」

「そんなことないよ。いつだってそう思ってる。取られたら取り返すだけのことだ」


 そしてなにより、と誠は唇を引き結ぶ。

 宮前の話だと村上達彦が戻ってきたという。

 彼女も今は安定しているとは言い難い。そんなときにあの男にしゃしゃり出てこられて靡かれでもしたら目も当てられない。

 それなら池崎正人を相手に凌いでいてくれた方がずっといい。


「君もさ、人のこと気にしてる場合でもないだろ」

「え?」

「澤村くんさ、もうお役御免だから。本人もわかってる。ただ、一度や二度は引き戻されるだろうから、しっかり見張ってた方がいいよ」

 和美は表情を選びかねたようなぐしゃぐしゃな顔になる。


「ねえ、一ノ瀬くんはさ、美登利さんが好きなんだよね?」

「好きだよ」

「あんたたちの話を聞いてると、あたしは悲しくなってくるよ。なんだかゲームの話でもしてるみたいで」

「ゲームなんかじゃない、本当に戦いなんだ」


 この恋は、敵が多すぎる。強い敵ほど何度だって立ち向かってくる。ときには後塵を拝すことも仕方ない。

 それでもいい。最後に一緒にいられるなら。





 宮前の予想通り、なし崩しに美登利がロータスにバイトに来るようになってから、劇的に変化が起こった。


「正直、うちでインスタントコーヒー飲んでる方がましだと思ってたからさ、美登利ちゃんが来てくれるようになってよかった」

「ありがとうございます」

 いつも世間話だけして帰っていたまわりの商店主たちが代金を払ってコーヒーを飲んでいくようになった。

「メシはうまいけど食後のコーヒーがあれだったからさ、今度仲間を誘って食べに来るよ」

「よろしくおねがいします」

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