Episode31 夏と花火と朝顔と
31-1.浴衣の柄は
「それでね、わたしが鉄線の柄がいいって言ったら高次ったら、浴衣の柄は朝顔か紫陽花だろうって言うの。ほんと古いんだから、そういうとこ」
中川美登利は微妙に頬笑んだ。兄の巽も以前「女性の浴衣はやっぱり朝顔だね」などと言っていた。
「それでも紗綾ちゃんは鉄線にしたんだね」
「あたりまえよ。男の好みに染まるようでは女はダメだわ。美登利もそう思うでしょ」
紗綾の浴衣の帯を結びながら美登利はそうねぇと相槌を打った。
花火祭りの夜。錦小路紗綾嬢は夏休みを利用して婚約者のところへ遊びに来ているのだが、多忙な綾小路にちっともかまってもらえずご機嫌ななめだ。
今日も予備校で一緒に花火を見に行けず美登利が同行することになった。
いつもだったらこの時期はもう翡翠荘に行ってしまっていたが、今年は伯母が気を使ってくれた。高校最後の夏休みなんだからと。
「誠もそうなんでしょう」
「ええ」
「高次も誠も、予備校とかの方がわたしたちより大事なのね」
少女の言いように、やはり美登利は微笑んだ。
「仕方ないよ。みんなの期待を背負ってるんだから。はい、できた」
声をあげると美登利の母親の幸絵が顔を出した。
「かわいいわよ、紗綾ちゃん。髪はどうしましょうか。おばさんやってあげる」
紗綾を連れ出しながら幸絵は娘を見返った。
「どれにするの? 浴衣」
「蝶のにしようかな。紗綾ちゃんがクレマチスだし」
「そうねいいんじゃない」
「美登利の髪はわたしがやってあげる。短くても浴衣に似合うの教えてもらったの」
「それはありがとう」
女たちが和室でがやがやしている間、父親はひとりリビングで寂しそうにニュースを見ていた。
待ち合わせの場所に先に来ていた小暮綾香と須藤恵はふたりとも浴衣姿だった。
「似合ってるよ、ふたりとも」
「ほんと?」
森村拓己にこっそり突かれ、池崎正人も言いにくそうに、
「かわいいな」
「……」
モスグリーンの浴衣の綾香はなにも言えずに先に歩き出した。
駅前の大通りは歩行者天国になっていて、既にたくさんの人出だ。
「場所あるかなあ」
土手も橋の上も人でいっぱいだ。
はぐれないよう後ろを見返った正人はすぐ下に子どもの頭があったのでびっくりした。
「おい、あぶねーぞ」
思わず声をかける。
正人を見上げたその顔に見覚えがあった。
「またおまえか」
「またあなたなの」
「なにちょこまかしてんだよ」
「レディに向かってその口のきき方はなによ」
言い合っていると聞きなれた声がした。
「紗綾ちゃん? どこ?」
「ここよ!」
「美登利さん」
「あなたたちも花火見物?」
「でももう場所がないですね」
「ほんとに?」
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