31-2.ちゃんと努力してるんだ

「かまわないわ、美登利さん。みんな一緒にうちの桟敷にいらっしゃい」

 後ろから声をかけながら城山夫人が現れる。

 正人が声をあげるより先に拓己が会釈した。

「理事長先生、お久しぶりです」

 正人は愕然とした。




「なんで教えてくれなかったんだ」

「苗子先生がおもしろいから黙ってようって言うのだもの」

「あんたもおもしろがってたんだろ」

 めんどくさそうに美登利は黙る。図星だ、絶対に図星だ。

「まあまあ、早く買い物して戻ろうよ。花火始まっちゃうよ」

 拓己が笑って取りなした。


 開始の時刻までまだ間があったから、食べ物を用意しようと高校生組だけで買いに出た。

 重い飲み物は男子ふたりにまかせ、女子は食べ物の屋台を選んで歩く。


 お好み焼きと焼きそばの袋を持ちながら綾香は前を歩く美登利を見つめる。着飾っているから今日は特に美しかった。黒地の浴衣など綾香や恵にはとても着こなせない。そしてやっぱり姿勢がきれいだ。

 正人と並んで歩くようになってから綾香も姿勢には気をつけているつもりだ。それでも彼女のようにはなれない。


「先輩は空手とか習ってたんですよね?」

「そうね、男どもと一緒になっていろいろやったよ。今は全然だけど」

「今はなにもしてないですか?」

「毎週運動には行ってるかな、市民体育館に」

「毎週ですか?」

「中学のときから習慣でさ、休むと体がなまるし動きが重くなるのが嫌なんだよね」


 綾香と恵は感心する。それはそうだ、なにもしないであれだけのことができるだなんて思ったらいけない。ちゃんと努力してるんだ。


「五平餅の屋台が向こうにあるの。私行ってくるね。先に戻ってて」

「はい」

 少し引き返したところで正人と拓己に会った。一度桟敷に戻ってまた出てきたようだ。

「美登利さんは?」

「先に戻ってって」


 振り返ると大通りの交差点の角の屋台で買い物をした美登利が、戻ってこようとしているのが見えた。

 とたんに男性二人組が近寄ってくる。どう見てもナンパだ。瞬殺で追い払われたのがわかった。

 だが三歩も歩かずにまた新手が寄ってきた。再び瞬殺。そしてまた新手が現れる。


「なんかすごいね」

「先に行ってよ。美登利さんなら慣れてるから大丈夫」

「うん」

 人の多い歩道側を桟敷のある河川敷に向かったのも束の間、正人がついてきていないことに気づいて綾香はため息をついた。






 これはあれか、何かの実験か? 二百メートル歩く間に何組に声をかけられるか、とかいう。

 そんな考えが脳裏をよぎる。それならばとっくにカウンターを振り切っているはずだ。

 正人は我慢できずに今まさに距離を詰めようとしていた男と美登利の間に割り込んだ。無言でぎゅっと手を握る。

 それだけで男たちは寄ってこなくなった。

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