12-4.十年かけて学んだ

 じゃあねと階段を下りる澤村を正人はまた呼び止める。

「黄色いチューリップの意味は?」

「……。かなわない恋」

 びっくりしている正人に澤村は笑う。

「君の場合は花言葉がほんとにならなければいいね」

 にっこり笑った澤村だったがその笑顔には違和感があった。


 正人が屋上に戻ると、出入り口のところから船岡和美が怖い顔をして正人を見ていた。いつも能天気な態度の和美がこんな顔をするのは珍しい。

「池崎くんはもう少し、まわりを見るべきだと思うよ」

 ふいっと階段を下りていく。正人はますます訳がわからなかった。





「もう、この書類今日中に提出だって言っておいたじゃないですか」

「大丈夫。間に合うよ」

 マイペースな生徒会長に、一年生で生徒会副会長の本多崇は「お願いしますよ」と念を押す。

「できてる分先に置いてきます。サボらないでやっててくださいよ」

「はいはい」


 ペンをくるくる回して一ノ瀬誠は頬杖をつく。やはり坂野今日子の驚異的な事務能力が欠けると自分のところまでしわ寄せがきていけない。それも今日までのようだが。

(屋上は寒いだろうに)


 思っていると、本多が開けたままにしていった戸口に人が立った。

 船岡和美だ。ジャージ姿のままで、一目で機嫌が悪いとわかる。


「どうしたの?」

「よかったね、一ノ瀬くん。池崎少年にカノジョができて」

(ああ、やつあたりか)

 心の中で嗤って誠は視線を書類に戻す。


「安心したでしょ? 最初から池崎くんのこと警戒してたもんね」

「そんなことないよ」

「今までまわりにいなかったタイプだもん。美登利さんが欲しがるのはわかってたよね」

「……」

 和美は引かない。面倒になって誠は攻勢に出た。


「安心はしないよ。人の心は変わるから。船岡さんはさ、むしろそこに希望を持ってるわけだろう。だったらもう少し必死になったら? 棚ぼたで落っこちてくるほど君の男は安いわけ?」

「やな奴だねっ。豆腐の角で頭ぶつけて死ねばいいよ」

 捨て台詞を残して和美は行ってしまう。

 やれやれと息をついて誠は仕事に戻る。


 いやな奴で大いに結構。ペンを走らせながら思う。

 いい人なんかでいたら欲しいものは手に入らない。十年かけて学んだ。もう、誰にも負けない。

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