9-12.「一目瞭然だがな」




「なるほど。勝ちを譲って勝負に勝つか。見事じゃないか」

 ふむふむ、と顎を撫でる安西に尾上は憮然として反論した。

「勝敗にこだわらずしてなにが勝負か」

 正人のやりようを尾上は気に入らぬようだったが、


「いやだなあ。勝ち負けにこだわる執念なんてそんなもの、そう言う君も持ち合わせてなんぞいないだろうに。人のこと言えないよ。もちろんこのボクだって。君の言うこだわりを持ってる奴が一人でもいればわが校の運動部はもう少し活発になってるだろうに、なんとまあ、勝負魂のない奴ばかりが集まってしまったものだよね」


 悠々と語られて口をつぐんだ。単に、めずらしく安西がまともなことを言ったのに驚いて気を呑まれただけだったのだが。


「反対に攻撃的な連中が文科系に集まってしまってるから参るよね」

 なんにしろ、扇子を開きながら安西は唇の端を吊り上げた。

「池崎正人の能力は十分見せてもらったよ」

 これには尾上も無言のまま頷いた。

「しかし、中川の弱みというのはなんだろう?」

「それは知らぬが花だろう」





「終わったみたいだな」

「そうですね」

 中央委員会室に顔を出した綾小路に坂野今日子はにっこり頷いた。

「ときに坂野くん。いくらなんでも校内であんなものを振り回すのは危険だろう。うちの連中が恐ろしくて止めにも入れなかったと言っていた」

「怪我はさせない自信はちゃんとありましたから」

「そうか」

「はい」

 反論の余地をなくして綾小路は眼鏡のフレームを持ち上げた。


「しかし池崎少年の主張していた中川の弱点というのはなんなのか」

「さあ」

「本当だとすれば情報の出所は一目瞭然だがな」

「そうですね」

 今日子はにこにこと「血を見るでしょうね」と恐ろしいことを口にした。それに対して綾小路は「自業自得だろう」とにべもなく言い捨てた。





 自室のベッドで夕寝をしていた宮前の耳に騒がしく階段を上がってくる足音が聞こえた。重たく瞼を上げたのと同時にドアがばん、と開く。

 宮前は「げ」と体を起こした。


「あんたって、あんたって人はああぁー!」

「お、おお、落ち着け! 俺はなにもやっとらんぞ!」

「ばっくれてんじゃないわよ。よくもバラしてくれたわねえ」

「あいつ! 言うなって念押したのに」

「言われなくたってわかるわよ。あんたしかいないでしょうがっ。この、おしゃべりがあ」


 両のこめかみをぐりぐりと渾身の力できりもみされて、宮前は子どものようにわめく。

 それを誠が苦笑いして見ている。もちろん助けはしなかった。

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