9-11.彼女の弱点

「卑怯者」

「おまえが言えた義理じゃなかろうが」

 下りてきた誠に悪態をつく美登利の様子に正人は怪訝な顔をする。そんな正人に誠は手にした小箱を差し出した。

「はい。君の勝ちだよ」

 正人は再びぽかんと口を開ける。穏やかに笑っている誠を見、いまいまし気に腕組をしている美登利を見て、再び誠を見る。

「俺は君の助っ人だからね」


 寝耳に水もいいところで俄かに信じられなかったが「さあ」と箱を差し出されて正人はそれを受け取った。

 美登利はくどくど恨みがましいことを言わなかったがくちびるを引き結んで誠を睨んでいる。

 正人は手の中で小箱をもてあそんだ後、それを美登利に突きつけた。


「おれ、これで勝ったなんて思いたくないです。だから、これはいらないです」

 美登利は目を瞠って正人を見つめる。

「いいの?」

 誠が訊く。

「はい」

「でも……」

 反駁しかけた美登利の肩を誠が抑えた。その顔を見て、美登利は素直に肩を落とした。


「まったく。私の弱点なんて誰に吹き込まれたのか知らないけれど、そんなものあるわけ……」

 言いながら箱を開けた美登利だったが。

「!!!!!!」


 その日、池崎正人は、中央委員会委員長中川美登利が悲鳴をあげる姿という、めったにお目にかかれないシロモノを目撃した数少ない人間のひとりになった。

「勘弁して勘弁して勘弁して。早くそれやっつけてっ」

 顔を青くして美登利は誠にしがみつく。


 慣れた様子で彼女を宥めながら誠は足元に視線を落とした。美登利が放り出した白い箱の間から見える黒い影。


 実は正人は、紙にネタの内容を記せと言われていたのだが、彼なりの遊び心で彼女の弱点そのものを入れておいたのだ。つまり、ゴム製のゴキブリを。


『あいつはなあ、ヘビだのクモだのムカデだのナメクジだのは平気なくせして、ゴキブリだけはてんでダメなんだ。あの触角と光る羽が気色悪いんだと。作りモンだとわかってもあいつ飛びのくぜ』


 宮前が言うのだから間違いないのだろうが、まさか中川美登利ともあろう者にそんなか弱い面があるとも思えず、効果のほどにはそれほど期待していなかった。それなのに。


「大丈夫。おもちゃだよ」

「おもちゃだろうとなんだろうと早くどっかにやってよ」

 ぎゅうううと力いっぱい抱き着かれて誠は動けない。

 美登利の過剰なまでの反応に、正人はしてやったりと思うのも忘れて唖然となった。

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