9-10.「ケンカにルールなんてない」

「わ……」

 かわした正人の前髪が刃風で舞った。ヘタッと腰を落として手をついた正人の鼻先に今日子が刃部を突きつけた。

「降参しなさい。池崎くん」

「いやです」

 きっぱり言い切る。今日子は厳しい口調でもう一度言った。

「降参するのよ」

「いやです!」


 正人は跳ね起きると薙刀の柄の部分を思い切り引っ張った。とっさのことに今日子はバランスを崩す。

 すると正人は脱兎のごとく逃げ出した。ただひたすら前へ。まことに賢明な判断といえるだろう。

 ふう、と肩を落とし今日子はそれを見送った。


 一方の正人である。

「こ、怖かった」

 まだ心臓がばくばくいっている。なにが怖いって別に薙刀が怖かったわけではない。あの坂野今日子が武器を振り回したことが怖かったのだ。

(あの人だけは怒らせないようにしよう)

 それ以前に美登利に歯向かっていれば今日子を敵に回したも同じなのだが、その辺のことには正人は気がつかない。


 とにかく、確信できたことがある。

(ゴールは近い!)

 屋上への扉を勢いよく開け、正人は辺りを見渡した。

 いつも作業に来ていて見慣れた光景。今は花壇に均された土が静かに眠っている。とりたてて目につくものはない。

 もっと高いところ? ペントハウスの上か。


 はしごのある方へ回った正人ははっとする。

 中川美登利がいた。

「早かったね」

「……」

「待ってたの。このまま私が勝っちゃったらつまらないもの」

 あごを引いて正人はこぶしを握った。

 その顔を見て美登利はくすりと笑う。

「どこかで私たちを見てる連中もそう思ってるでしょうから」

 意味のわからないことを言われて正人は気を逸らしてしまう。

 その隙に美登利が動いた。


 まともに足払いをくらって体が倒れる。

 そのまま首を抑え込まれた。

「卑怯だぞ」

「ケンカにルールなんてない」

「上等じゃんか!」


 正人は力任せに自分の首を掴んだ美登利の腕を引っ張った。反動を使って跳ね起き、立ち上がりざま振りほどいた手を拳固に握る。

 だが正人が踏み込む前に美登利が懐に飛び込んできた。襟元と袖をがっちり取られた。

(……ッ!)

 正人はとっさに膝を曲げて腰を落とす。なんとか投げられずにすんだ。


 揉み合ったままじりじり睨み合う。

 そのとき正人は視界の隅で捉えた光景に、勝負のことも忘れてぽかんと口を開けてしまった。

「?」

 正人が自分の背後を見上げているので美登利も振り返る。


「あった、あった。あったよ」

 のほほんと手を振っているのは。

「生徒会長」

 呼ばわる正人の前で美登利は額を押さえた。

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