9-9.ゴールが近い

「あった」

 八号室の積み上げられた机の陰、後方の黒板に張り付けられたメモを見つけて正人は叫んだ。

 次の指定先は……。メモを広げようとしたときおもむろに扉が開いて中央委員会の男子たちがぞろぞろ入ってきた。


「池崎!」

 仁王立ちして声をあげたのは森村拓己だ。

「そこまでだ。観念しろ」

「おまえらさっきから人を犯罪者か何かみたいに」

「似たようなもんだろ。押さえろ!」

 拓己たちが動く前に正人は逃げるが勝ちとばかりに教室を飛び出した。


「行ったぞ!」

 背後から拓己が怒号する。

 正人の進行方向、床から数十センチのところに不意に紐が張られた。足払いのつもりだ。

 正人はジャンプしてそれをかわす。それだけなら簡単だった。が、


「く……っ」

 着地した足を狙って何かが飛んでくる。正人は前のめりにつんのめるようにしてなんとか避ける。

 そこにはカッターナイフとコンパスが突き刺さっていた。片瀬が無言で更に新手のエモノを構える。

「……ッ」

 正人は素早く階段を駆け下りていった。


「逃がしたか」

「サル並みにすばしっこいやつ」

「追いかけるか?」

 拓己は首を横に振った。

「ぼくたちの役目はここまでだ」





 妨害が熾烈になってきている。ゴールが近いということか。

 階段を下り切り廊下の角を曲がったところで正人はひとまず息をついた。手の中に握りこんでいたメモを開く。


『なんとかは高いところが好き』

「なんじゃこりゃ」

 正人は再びため息をついた。とりあえず高いところに行ってみるか。

 高いところ、屋上。

 ゴールが近いと感じたことで気がはやって仕方なかった。昇降口前の廊下を走り抜けようとした正人は、だが、足を止めないわけにはいかなくなった。


「廊下を走る悪い子は誰かしら」

 中央委員会書記の坂野今日子だった。いつもにもましておっとりと、正人の前に歩み出てきた今日子が手にしていたのは薙刀である。

「先輩」

 ゾッと正人は後ずさった。競技用の竹製とはいえ、思い切り遠心力をつけて殴られたら吹っ飛ばされそうだ。これはとてもシャレにならない。


「美登利さんが笑っているうちは許すけれど、本気であの人を困らせるなら私はあなたを許さない。いい機会だから、言っておくね」

 にっこり言い放ち、とりあえず今は、と今日子はすっと身構えた。

「少しばかり邪魔をするからそのつもりで」

 立ち居振る舞いはあくまでおっとりと、今日子が薙刀をふるう。


 正面突破だ。決意して正人は駆け出す。直後、普段からは想像もつかない気合と同時に今日子が動いた。ゆるやかに孤を描いていた切先が鋭い突きに替わる。

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