9-8.「おもしろい」

『Spring Mountain』

 そう記されたメモを見て正人は何度も頭をひねった。それまでのメモにあったようにどこか場所を示しているのだろうが、それがどこやら見当もつかない。


「池崎! やってるか?」

「頼むから勝ってくれるなよ。オレおまえが負ける方に牛丼大盛賭けてんだから。ま、八百長頼むまでもないか」

「うるさい」

 野次を飛ばしてくる同級生たちを避け、正人は渡り廊下の端に蹲って頭を掻いた。

 スプリングマウンテン。春の山。そんな場所は校内にはない。さっぱりわからない。


「うーむ」

「なにを唸っているんだい」

 背後からの声に正人は死ぬほど驚いた。

 いつのまにかすぐ後ろから一ノ瀬誠が彼の手元を覗き込んでいた。

(気配、しなかったぞ)

 首を竦めた正人はメモを誠に差し出した。


「ふーん」

 目を落として思案していた誠はすぐに苦笑しながらつぶやいた。

「あいつ、旅行気分が抜けてないな」

「……?」

「連想ゲームと中学生の社会だよ。春は方向でいえば東だ」

「東の山、ですか」

「京都の東山だよ。東山文化を代表する建造物といえば?」

 正人は慌てて頭の中で教科書をめくる。

「銀閣寺、ですか?」

「造ったのは誰だい?」

「八代将軍足利義政」

「数字の八と言われればまっさきに浮かぶ場所があるだろう」

 正人は「あ」と声をあげた。

「八号室!」


 三年生のクラスの並びにある空き教室で、本来三年八組に割り当てられるべきところを七クラスしかないので使用されずにいるためそう呼ばれている。プレイルームとも呼ばれ、委員会やクラブで使用されたりもするが基本的には使われていない机や椅子が積み重ねられた物置的な部屋だ。


「間違いないと思うよ」

「はい」

 謎が解けたことに素直に喜んだ正人だったが、またまた首を傾げてしまった。

「いいんですか?」

「なにが?」

「手助けなんてしてくれて」


 誠は黙ったまま曖昧な表情で曖昧に微笑った。

 こういうところがこの人のクセモノなところだと正人は思う。疑問は残ったが、正人は礼を言ってその場を走り出した。


 その姿を遠く物陰から見ていた人物がいた。安西史弘である。

「澤村といい、一ノ瀬といい」

 なんだって池崎正人を手助けしたりするのか。

 付き合いの長い安西は知っている。誠も澤村も表向きは穏やかな顔をして、その実他人のことなど知ったことではない非情な一面を持っている。

 その彼らを動かすとは。

「おもしろい」

 口に出してつぶやいてみて、安西はふふ、と笑った。

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