第21話 青い空

空が青い。

今まで幾度となく見上げてきた空だが、最近になってようやくその青さに気がついた。

なんで今更気づいたんだろうか?

答えは簡単だ。空を見上げる機会が多くなったからだ。

ここの所、毎日昼休みになると私は屋上に上がり、何時も変わらない青空を見上げている。気が付けばそれが日課の様になっていた。

「はぁー、つまんないなー」

私は思わずそう零してしまう。

このまま何もしなくても時は流れていき、そして昼の最初の授業の予鈴を告げる鐘が鳴り響くだろう。

そうすれば、私は教室に戻らなければならなくなる。

私は、ここで静かに目を瞑る。

途端に、今まで見えていた青空が真っ黒に変わり、次第に私の髪をなびかす風の音さえ聞こえなくなっていく。


そうなると、真っ黒な世界に私が頭で想像した通りの映像が映り始める。

教室の扉を開けると、待っているのはカンに触る男子のニヤついた顔、そして、明らかに私の存在を嫌う女子たちの目線。

それら全ての障害物を何食わぬ顔で歩いて、自席に着くと私の机の中には、『やらせろ!』だの、『放課後教室に残ってくれ』など、相手にするのも面倒な手紙で一杯になっているのだ。


私はここで、閉じていた目を開ける。

もう見たくもないと言わんばかりに、無理やりその映像を遮断した。しかし、見たくないと言っても、さっき言った通りに時間は止まらないので、いずれは体験する事になるのだが。

それでも、唯一一人でいられて、尚且つ邪魔が入らないこの場所——屋上だけでも、私の心の憩いの場として綺麗な場所で置いておきたい、という気持ちから私は目を開けたのだ。


「はぁー、さっさと昼ご飯食べちゃお」

一人しかいない屋上でそう呟くが、返ってくるのは風の音だけだった。

別に寂しいとか、私は感じていなかった。

ただ、先生すら助けてくれないこの状況下で、何も出来ない自分が無力だと日々痛感するだけだった。


私は、人が余り来ない屋上でも、更に目のつきにくい一番奥の角で弁当を広げる。

ここなら、後ろにフェンスがあるし、もたれ掛かって食べる事も可能だ。

「いただきます」

そう言って、私は母が作ってくれた弁当に箸を入れ始める。

味も申し分ない。流石、ウチの母と言った所だろうか。しかし、この弁当を食べていると、私は心が苦しくなってくる。

毎日友達とワイワイ話しながら食べていると、母に嘘をついているから。


「ご馳走さまでした」

両手を胸の前に持ってきて重ねながらその言葉を口にする。

そして、そのままお箸を弁当の上に置く。

まだ、授業の予鈴まで時間があるのだろう。

下を見下ろしてみると何時も私を揶揄って虐めてくる調子者の男子達がワイワイ言いながら、中庭を走っていた。

その事を確認してから、私は再び空を見上げる。

「はぁー⋯⋯ やっぱり青い」


その体勢で何分程いただろうか?

もしかしたら五分かもっと短いかもしれないが、私にはもっと長い時間が流れたかのように思える。

カンカンカン!!

ぼんやりと空を眺めていたら屋上に上がる為の階段が鳴る音が聞こえてくる。誰かがこの屋上に上がってきている。

「はぁー、もうバレたのか⋯⋯ 」

お気に入りだったのにな、その言葉を口に仕掛けたが、何だか口にしてしまうとこの場所が過去の場所になってしまう様な気がしたので言葉を飲み込む。

そして、弁当の包みを私の近くに引き寄せ、いつでも逃げることが可能な体勢になる。

相手が、人目のないこと場所で襲いかかってくる様な事があっても逃げれるように。


ガチャ!!

オンボロな屋上のドアノブが強引に回されると、階段を駆け上がってきていた主が屋上へと入ってきた。

その人には見覚えがあった。確か、同じクラスの⋯⋯

「うん? あー、朝野さん何時もこんな場所にいたのか。お邪魔だったかな?」

思い出した。 確か、少し前にある男子生徒達が購買で購入した牛乳を私にぶっかけようとした時に、身体を呈して私を庇ってくれた人だ。確か、名前は⋯⋯

「円谷君?ですか?」

そう尋ねる私に、彼は、

「そうそう!良かった〜、名前覚えてもらっていて。朝野さんは、男子生徒全員の事を嫌っているって思ってたから、まさか名前を覚えてもらえているなんてね」

と言って、私から少し離れた場所で腰を落とした。

そして、彼はそのままビニール袋から半額というシールが貼られた弁当を取り出すと、付属していた割り箸を割るとその弁当を食べ始める。

既に、昼休みの半分は過ぎている筈なのに、今から食事なのだろうか。


「円谷君?まだご飯食べてなかったの?」

私は、その言葉を口にしながら自分自身を不思議に思った。あんなに男子生徒に虐められて、絶対に信用しないし、話しかけて来ても無視を貫くと決めた筈なのに、気が付けば彼に自分から話しかけていた。

思えば、この時から私の脳は理解していたのかもしれない。


彼が、これから私にとって大切な存在になる、という事を。

そう、まさに運命というものを。




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