第7話

 色とりどりのネオンが光り、ガラスの向こうには、騒音レベルの音量で、スロットを絶え間なく続ける。ここは、町のはずれで、人通りも少なく、目立つ建物はここのパチンコだけのようだった。

 パチンコの自動ドアから出てきた、がたいがいい男に突き飛ばされ、俊輔は、ドアの前で尻もちを付いた。瑠衣は、すぐに俊輔の元へ駆け寄った。

「おい、俊輔、大丈夫か?」

「え、瑠衣、お前何でここにいるんだよ」

 あの狂った米田を何て説明せればいいんだ。脅迫を受けたと言えばいいのだろうが、言ったところで信じてもらえると思わない。ここは一つ嘘を吐くことにしよう。

 瑠衣は、会議室で脅迫された恐怖を押し込みながら、俊輔の質問に答える。

「今日は早めに切り上げろって米田先生が言ってくれて、そうすることにした。それよりも、俊輔の方が心配なんだけど」

 突き飛ばされた俊輔の顔には、赤い痣が出来ている。殴られたのは一目瞭然だ。俊輔は、突き飛ばされら状態から、立ち上がり、尻についた塵を払った。

「黒田を守っただけだ」

 守った、その文字を聞いただけで、俊輔が英雄になったイメージが浮かんだ。だけど、英雄が厳つい男に放り出されるようなことはしない。瑠衣は疑問符を頭上に浮かべた。


 ***


 二人は、その店で新人アルバイトとして派遣された。四十代後半の少しお腹が膨らんだ、斎藤という店員がいたそうだ。俊輔曰く、その店員の眼が明らかに黒田の方に向き、アルバイトとして見ていないようだったらしい。新人アルバイトのための説明をするときも、黒田だけに質問を投げかけた。その中には、セクハラ問題になりそうなものも含まれていた。黒田は、愛想笑いでごまかし、その場を何とか凌いだそうだ。一方、俊輔は、セクハラ店員に対して、何も言い返せない自分に、イライラしていた。

 問題が起こったのは、それから約十五分後だった。セクハラ店員が、奥にある倉庫から景品を取り出すようにと黒田に頼んだ。一方俊輔は、球出しをお願いされた。すると、セクハラ店員は、すぐさま黒田の肩に手を添えて、倉庫へ案内し、その場から消えた。

 球出しをしたいが、場所を説明されていない。

「君は、球出ししておいて」

 これだけ言われてどうやってすればいいのか分かんねぇよ、と俊輔のイライラは増していく一方だった。他の店員を探すが、忙しそうに働いているため、なかなか聞き出せなかった。来たとしても、「他の人に聞いて」とスルーされるだけ。最終的に、あのセクハラ店員に聞くために倉庫の方へ向かうことにした。

 セクハラ店員は、俊輔に説明する前に、詳しく場所を説明していた。そのため、倉庫まで簡単に進むことができた。

「あそこを真っすぐ行って、右に曲がると、倉庫があるから。分かりづらいかもしれないから、おじさんが一緒についてってあげるよ。なぁ?」

 いやらしさ満々じゃねぇかよ。そう心の中で突っ込んだことを思い出しながら、恐る恐る足を進めた。右の角を曲がろうとしたとき、声が聞こえ、立ち止まった。


「や、やめてください、斎藤さん、あの、ちょっと」

 黒田の声だ。明らかに嫌がっている。

「大丈夫だよ、このくらい。もし、そうなったとしても、誰もいないから安心して」

「いや、でも」

「すぐ取ればいいじゃないか」

「身長が届かなくて、出来ないんです。他のはな」

「申し訳ないが、生憎これしかないんだ。我慢して」

「ちょ、あっ、やめてください!」


 この瞬間、俊輔の堪忍袋が切れた。棚の上にある景品を取るとき、椅子に乗せて、下から触ろうとしているな、あのセクハラじじい。黒田の身長が少し低いのを利用しやがって。絶対、黒田の尻に手を当てている。好きな女を守るためなら、手段を選ばない!

 俊輔は、意を決して角を曲がった。


「おい、なにやってんだよ、じじい! これ以上黒田に手ぇ出したら、許さねぇからな! このセクハラじじい! 黒田が明らかに嫌がってるだろ! いい歳した大人が何てことやってんだよ! それでも、立派な大人かよ!」


 この俊輔の声を聞いた他の店員が覗きに来て、少しざわついている。

 一方、二人は俊輔の方を向いて、ポカンとしている。

 その二人を見て、俊輔をポカンとした。


「君は何を言っているんだ。大体、セクハラとはなんだよ」

 先に言葉を発したのは、店員だった。状況を見ると、明らかにボロボロの椅子の上に黒田が乗っていて、それを店員が支えている。

 すると、黒田が目を泳がせながら、教えてくれた。

「沢藤君、斎藤さんは、椅子を支えてくれただけだよ」

 ――そういうことか。

 恥ずかしい、と思っている時間は無かった。

 周りは、斎藤の方に向いている。今は、現場を抑えられた犯人のような状況だ。それを払拭したように、斎藤の怒りが頂点に上った。

「君、なんてこと言ってくれてるんだ! そんなこと俺は絶対やってないぞ! なぁ!?」

 癇癪を起こし始めた斎藤が、黒田に同意を求めた。黒田は圧に押されて、小さく、はいと返事した。

「大体、そんな紛らわしいことになっているんだよ、実際に見ていないだろ!」

「いや、あんたが紛らわしい会話するからだろ! あの会話聞いてたら、誰でも勘違いするだろうが!」

 既に俊輔の本音が言葉となって吐露していた。

「はぁ!? 君の頭がバカだから勘違いするんだろう!」

「こう見えても、国立大学の理学部なんだよ! あんたこそ、主語が抜けてるバカな会話をしてたじゃねぇかよ!」

「会話に主語が抜けるのは当然だろう! 理系だったらもう少しは冷静に対処できるだろ!」


「黙ってください!」

 黒田が大声を上げた。二人はようやく、言い争いを止めた。

 それから、聞きつけた店長が倉庫に現れ、斎藤が状況を説明した。俊輔は、自分の無実を晴らすために説得しているように見えた。その間、黒田は、ずっと下を向いていた。

 説明を聞き終えた店長は、

「君、明日から来なくていいよ」

 と白い眼を向けて俊輔に告げた。こっちの事情を聞かないのはどうかと反抗したら、厳つい店員に両腕を掴まれて、放り出された。


 ***


「ぷっ、はははは」俊輔の説明を聞いて思わず、瑠衣は吹いてしまった。

 二人は場所を変えて、ファミレスのボックス席に、向かい合って座っていた。

「笑い事じゃねぇよ! こっちは必死だったんだからな」

 理解を求める俊輔の頬に、赤色が滲んでいた。

「確かに、店員が紛らわしいのは悪いけど、カッとなった俊輔が悪いよ。昔から頭に血が上りやすいんだから気をつけろって何回も注意したのに」

 瑠衣と俊輔は、中学生の頃からの仲である。そのため、お互いの性格は既に把握済みであった。

「仕方ないだろ。好きな女が目の前でセクハラみたいなことが起こっていたら、黙ってられないって」

「恋愛経験ないんでわかりませーん」

「お前、顔はそこそこ良くて、モテたのに何で恋愛経験なんだろうな」

「周りの女性に興味がないんだよ。というか、そういうタイプがいない」

 俊輔は、グラスに入った水を少し飲んで、コンと音を立てて下した。そして、瑠衣の肩をポン、と置く。

「まぁ、お前もいつか春が訪れるって。いつか、俺の気持ちも分かるようになるさ」

 経験豊富なおじさんのように、下を向いてしみじみと語る。

「つまり何が言いたいの?」

 瑠衣は、冷たく言い払う。俊輔は、顔を上げて、

「ドンマイ、瑠衣!」

 ニカっと笑った。

「ウザっ。はいはい、冷やかしはもういいですよ。僕はもう、独身貴族で生きる運命なんだよ」

 瑠衣は若干拗ねて、そっぽを向いた。恋愛したくないという訳ではない。だけど、もう半分以上終わった青春時代の中で、そのカテゴリーのイベントが本当になかった。つまり、瑠衣は恋愛の仕方が分からないのだ。それを言い訳に独身貴族だのキザな言葉を並べている。

「お前言ったな! 覚えておくからな!」

「あぁ、分かった分かった」


 俊輔が話題を変えて、今何時かと聞いてきた。瑠衣は、スマホの電源を入れて、十九時四十三分だと言った。俊輔は、基本、時間を気にするような奴じゃない。

「どうした? なんかある?」

「実は、バイトに行く途中、黒田から一緒に帰ってくれないかって言われた」

「おっ? イベント発生のチャンスじゃない?」

「ち、ちげーよ。あの周辺、人通り少ないし、あまりいい噂がないんだ。だからだよ」

「噂? そんなのあるの?」

「おう。俺も詳しくは知らねぇけど、ストーカーが出没しやすいらしいぜ」

「それは迎えに行かないとだな。早く食べて迎えに行ってやれよ」

「話が早い奴だな」

「何年関わってると思ってるんだよ。それに、汚名返上しろよ」

「当たり前だ」

 そのときの俊輔は、頼りがいのあるいい男の顔をしていた。

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スイッチ 倫華 @Tomo_1025

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