その七十九 雫、屋敷の妖物と対峙する

 屋敷の中は、妖物と鬼面の武者と、妖しい光に満ちていた。


 広広とした庭には、桜の古木が幾本も連なっている。そのいずれもが、膨らんだ蕾を枝に付けていた。そして中央には、それに劣らぬ立派な様式の家屋敷が建ち並んでいる。大きな篝火も燃されていた。だが美しいものはそればかり、そこかしこをまるで主のように闊歩し蹂躙するのは、


 人ならぬ者共であった。


 奇怪な姿、異様な面相――否、そのようなことよりも、汚く乱れた髪、何処を見ているか判らぬ眼、ぼうと開いたままの口、だれりと力なく垂れ下がったままの腕。そうした身に湛える気がうつろなそぞろな、そんな者たちが数えきれぬほどにぞろりぞろりと歩いている。見ているだけでも、取込まれてしまいそうだった。

 一方で、禍禍しい甲冑を身につけた鬼面の武者たちは、渦を巻くような黒き暗き気を発している。一触すれば即座に斬って捨てようという、邪悪にして傲慢なる念が透けて見える。がちゃりがちゃりと威圧の音を立て、同じ姿をした武者たちは、我物顔で伸し歩いていた。


 それらが一斉に――雫の方を向いた。


 思わずたじろぎそうになる。

 しかし颯太は、この先にいる。 

ふ、と雫は、周囲の冷たかった空気が和らぐのを感じた。


 ――そうだ。

 ――春が来るのだ。


 雫は思い出し、

 静かに微笑んだ。


 桜の蕾がほころひらく。

 春の夜風よかぜが頬をくすぐる。

 雫はすっ、と刀を構える。


 何を気迷うことがあろう。

 何を畏るることがあろう。


 まなこに映るが我が身の世なら、

 虚言そらごと真実まことの違いなし。

 おの宿願ねがいしつかいだきて、

 ただ直向ひたむきに、

 生くるのみ。



「――参る」



 忽ち満開になった桜の木木に祝われて、

 雫は陣風の如く、駆け出した。

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