その八十 雫、戦う

 武者たちは無言のまま雫に斬りかかってくる。それを雫は太刀筋に迷いなく、縦横無尽に倒していく。やはりいずれも強い。

「御剣様、後ろをッ」

 何処からか聞こえた桜の叫びに素早く振り返ると、刀を振り上げた武者が、目前まで迫っていた。


 拙いッ、と雫は何とかそれを受けようとする。

 しかし、ぱぁん、という乾いた音と共に、武者はそのまま横へ吹き飛んでいった。

 音の元を見遣れば、得意げな顔で巴が、煙を昇らせる拳銃を右手に構えていた。左手では相変わらず竜虎三式改を抱えている。

 にんまりとして巴は云った。


「よぉしどうだい――と思ったけど、おやおや。駄目みたいだね」

 撃たれた武者は暫くその場に倒れていたが、またすぐに、ごそごそと奇怪な身振りで動き出した。巴は舌打ちをする。

「やっぱりその刀じゃないと倒せないようだ。とは云え、足止めくらいにはなるだろ。ほら雫、行ってッ」

「はいッ」


 雫は応えながら、そうして再び襲い掛かってきた武者を斬る。すると、斬られた武者はあの時の入道と同じように、黒い煙を上げて消えてしまう。

 一方でぐおう、と云う恐ろしげな鳴き声を上げて妖怪どもに跳びかかっていったのは、毛虎ケトラだった。一頭で片っ端から相手にしている。態が大きいばかりではなく、強さも兼ね備えているようだった。人の躰ほどもある頑健な腕を振り回し、蹌踉よろめく妖怪あやかしどもを薙ぎ倒し弾き飛ばしていく。

 雫は更に、屋敷の奥へと向かう。背後から再び、耳を劈く爆音が聞こえてきた。巴がまた大砲おおづつを撃ったらしい。


 すると――。

 突然、目の前にすたり、としのび装束の桜が飛び降りてきて、雫は仰天した。どうも屋根の上にいたらしい。

「――ッ、桜ちゃん。吃驚びつくりした。どうかしたの」

「はい、周りの蔵や建物を一通り見て廻って参りましたが、東雲様も、浄瑠璃姫もおりません。そうなると恐らくは、あの正面の――」

 膝をついた桜は、手で其の方を示す。


 其処にあるのは、最も大きな屋敷、寝所と思しき処であった。

 灯り一つなく、静まりかえっている。


「有難う、桜ちゃ――いや。ご苦労であったな、桜」

「はいッ」

 敢えてそう云ってやると、心の底から嬉しそうに、黒装束の美しき少女は笑んだ。

 その時。

「ぎゃぁあぁ」

 空から、酷く厭な鳴き声がした。

 見上げると、其処に飛んでいたのは老人のような頭をした黒い鳥だった。

 口からゆらゆらと、火を噴いている。

「ぎゃああぁあッ」

 再び鳴くと、その怪鳥は雫たちに向けて襲いかかってきた。雫も急いで刀を向ける。桜も、咄嗟に取り出した手裏剣を構えた。

 ところが。


「ぎゃあッ」


 他方から別の大きな鳥が凄まじい勢いで飛んでくると、その怪鳥の腹に真っ直ぐぶつかった。怪鳥は弾き飛ばされて、傍らに建っていた蔵の屋根に突っ込み、粉粉になった瓦の中で動かなくなる。

 そして、その現れた大鳥の背から、ひょいと岬が顔を出す。

 美童は雫に向かって、初めて聴く大声で云った。

「行けッ」

 雫と桜は頷く。


 後のことは皆に任せ、二人は正面の屋敷へと、一心に走り出した。

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