その七十八 雫、友と思いを一つにする
黄色い毛の塊のようなその動物は身を震わせ、ぐぅと喉を鳴らして人懐こそうに喜んだ。やはり猫のようである。
腕組みしてそんな様を眺めながら、巴は感嘆する。
「いやあ、本当に颯太の力は不思議だねぇ――随分画風がその、そこの馬と比べて独特だけど」
確かに二頭並べてしまうと何とも云いがたい気持ちになる。加えて巴は、興味深げに呟いた。
「――一体、どういう力なんだろうねえ」
桜は紙を筒に丸めて胸元に戻しながら、雫に向かって伝える。
「この仔に乗ってこようかとも思ったのですが、それではその――」
「……燃えちゃうよね」
ふさふさとした毛虎の躰を撫でながら、雫は笑みを零した。しかし、そうしながらも巴の言葉が耳に残る。
――一体、どういう力なんだろう。
「さて雫よ。準備は万端整った。何時でもどうぞ」
腰に手を当て、巴は颯爽と云い放つ。万感胸にこみ上げてきて、雫はその手を取ると、感謝の念を伝えようとする。
「あの巴さん、私その、あの……」
「ああもう、ハイハイ判った。全く真面目なんだからこの
手を無理矢理離すと、苦笑した巴は雫の背中をバンバンと叩く。これでも照れ隠しのようだった。
続いて雫は、桜を見る。
「桜ちゃん」
「はい――」
桜は純真な眼でじっと見つめてくる。雫は赤面する。
「あの……有難うね。本当に、私に付いていいの? 色々裏切ることになっちゃうし、お城だって、おかしかった訳じゃないって判ったわけだし。それなら……」
「御剣様。失礼ながら――見くびらないで下さいませぬか」
はっきりとした口調でこう返され、思わず雫は口を噤んだ。
「私もくのいちの端くれ。相応の覚悟がなければ、あのようなことは申しません。そして、一度申したことは翻しません。それが誠の志を見せる唯一つの道。立てた誓いは、
そう云うと、桜は雫の着物の裾をそっと取り、囁いた。
「――桜は御剣様に、付いていきとう御座います」
そのいじらしい振舞に動じた雫は、耳まで真っ赤に染めて
「あ、あの、ええと、その……岬くんも、あんな出会い方したのに、本当に有難う」
すると、美しい面持ちをした鳥上の幼子は、小さくこう応えた。
「――江戸のため」
それを聞いて、雫ははっとする。
自分たちのこと、颯太のことばかり考えて、背後で炎上する町のことを、雫は危うく忘れるところだった。焼け出された人人、失われた町をこの後どうするのか。ごちゃごちゃとした曖昧な不安が、胸を掠める。
そんな雫の表情を見てか、岬はこう付け加えた。
「でも、雫も、大事」
雫は、顔を上げる。
美童はほんのちょっと、判るか判らないかというくらいの微笑を浮かべていた。
雫は、それで少し、気が楽になった。
序でに尋ねてみる。
「颯太は?」
「――それなりに」
またツンとした無表情に戻って、岬は呟く。雫は破顔した。
威勢のよい声で巴が云った。
「火事と喧嘩は江戸の華。心配ご無用、江戸っ子を侮って貰っちゃ困るよ。この町はすぐ蘇る――
雫たちは、強く頷いた。
よぉし、と巴は竜虎三式改を、扉に向けて構える。雫たちは慌てて耳を塞いだ。
「サァ――火を噴けぇッ」
巴は引金を、引いた。
天地を震わす轟音と共に――。
分厚い木の扉は、跡形もなく吹き飛んだ。
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