その二十七 雫、いろんな意味で慌てる
「お化けだってェ」
明くる朝。
律儀に訪ねてきた桜も加えて、皆が再び、浄瑠璃姫の部屋に集った。そうして雫が昨晩何があったかを告げると、巴はそんな頓狂な声を出したのである。
実際明るく日が射し込み、雀のさえずる音の聞こえる部屋の中では、如何にも不釣り合いに聞こえる。
「うちの宿でかい。さあて、ついぞ聞いたことがないねえ」
「でもそう言われても、私たちはお化けに追い回されたんです。ねえ颯太」
隣に向かって話しかけた雫が見遣ると、颯太はこくりこくりと舟を漕いでいた。コラッ、と雫は颯太の額を叩く。
「大事な話をしてるときに寝てるんじゃない!」
「――んあ。部屋に帰ってからも雫が寝かしてくれないからだ」
眼を擦り、欠伸をしながら颯太は応えた。雫は赤面する。
あの後部屋に戻ってからも、夜明けまではまだ大分時間があったのだが、どうにも怖くて寝付けなかったため、大した話もないのにずっと颯太に話しかけ続けて起きていたのである。
二人のそんな会話を聞いて、桜がやたら動揺した調子で尋ねてきた。
「な、何をなさっていたので御座いますか――」
「ん。夜伽だ」
簡単に颯太が応えると、紅潮した桜はますます動揺した。何か勘違いされている気がして慌てて雫は取り繕う。ましてや桜は雫のことをまだ男だと思っているのだ。何を想像されているか判ったものではない。
ごほん、と大きく咳払いをすると、雫は話を元へ戻した。
「で、それはともかく……
「――わらわを追ってきたのじゃろう」
重重しく浄瑠璃姫が云った。
「否、まだ判らぬな。ただ町に入り込んだ
御剣、とか申したな、と姫は雫の方へと向き直った。
「一体何をしておったのじゃ。昨日はわらわを守ると胸張って云い切っておったではないか。それがいざ妖怪を目の前にしたらなんじゃ、ぎゃあぎゃあ喚いて逃げ惑うだけか。情けない。
さすがの雫も、言い訳のしようがなかった。だって怖かったんだもん、などと云おうものなら、今度は何を投げつけられるか判ったものではない。項垂れたまま、雫はこう云った。
「……今後は、善処します」
「頼んだぞ。わらわとて――こうしておるのが精一杯じゃ」
小さな声で、姫はそう云う。
よくよく見てみると、扇子を持った姫の手は、細かに震えていた。口では気丈な事を云ってはいるものの、心中は穏やかならぬのも当然であろう。
雫は余計に申し訳なくなり、そして、これからは何としても姫を守り抜かねばならない、と誓いを新たにした。
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