その十五 雫、竹を割ったような女にふて腐れる
あっけらかんとした
すると。
驚いたことに突然、廊下の天井の一部がぱか、と蓋を開けるようにして、音を立てて開いた。雫は目を見開く。
途端に焦り顔になった番頭が、大きな声を出した。
「と、
その声と同時ににゅっ、とその四角く開いた穴から顔を出したのは――まだ十八、九と思しき、若い娘であった。くるくると悪戯っぽい円い眼をして、興味津津といった面立ちで雫たちを順ぐりに見ている。雫は唖然とした。
よいしょっと、と云って、その娘は身軽に飛び降りてきた。
磨き上げられた板張りの廊下が、とん、と軽い音を立てる。
「だからあたしは外に出るなって云ったのに。云うこと聞かないからねぇこの
巴と呼ばれた娘はふぅ、と息を吐くと、着物にまとわりついた埃をぱんぱんと手で払い落とした。小綺麗な宿の造りと全くそぐわぬ
そして巴はすっ、と框に座すると、品よく頭を下げた。
「ようこそ伽羅倶利屋へ。
「女将……」
隣であわあわと慌てふためく番頭を横目に見ながら、雫は呟いた。奥向では柱の陰から、女中たちが恐恐此方を覗いている姿が見える。
これが旅籠の女将なのだろうか、と巴を前にして雫は考える。番頭たちの反応からするに、もしかすると見せてはいけない人なのかも知れない。顔の造作は愛嬌があり、
「何か」
低頭している巴の乱れた着物の胸元を、つい吸い付けられるようにして雫が見つめていると、不思議そうに顔を上げた巴は首を傾げた。
そして視線の先に気付くなり、嫌だお侍様、と襟元を直した。
「見て減るもんじゃないにしたって、女の躰そうじろじろと眺めるもんじゃないよぅ。これでも年頃の娘なんだから、誰彼構わず乳見せて廻るわけにもいかないし」
「巴様――ご自重くださいませ」
汗をかきかき番頭は口を挟むが、巴は一向気にする様子もない。
「ご覧の通りの鳩胸出っ尻。帯に乗っかってみっともないったら」
そう云うと、肩を揺らして巴は快活に笑った。
一方雫は目を逸らし、思った。
(
悶悶と暗雲立ち籠める
「女将。この美しい姫君のことは取り敢えず任せるとして、我我二人の部屋は取れるか」
「えぇ何なりと。いいね、アンタたち」
即座に振り返ると、女中たちへ向かって巴は有無を云わさぬ鋭い調子で云った。急いで用意をしに行ったらしい女中らの後姿を見て、何だかんだで巴もやはり出来る人間なのだな、と雫は内心感心した。
そうして腰を上げた巴は、颯太に向かって続けて云った。
「
「うむ」
「え、あ、ちょっ」
さらりと流されて、雫は言葉を挟めない。
会ったその日に相部屋で男の子、ましてこんな奴と一晩を共にするなど、全く以て冗談ではない。が、かと云ってこの状況では最早逃げようもない。苦い顔をしながら、雫は観念することにした。
それから巴は、少少思案する顔をして話を続ける。
「ただ――まだ日も高こう御座いますからね。こちらにも支度が御座います。よろしければ少しの間お二方、この近くをゆるり巡っていらしては
先とは打って変わって上品な言葉遣いで話す巴に
(
此処が真実江戸時代の江戸ならば、当然そんな近場で大規模な合戦などしていようはずもない。否そもそも、颯太の力と云いこの宿と云い、先程から不可思議なことが多すぎる。
となると此処は――。
しかし颯太は考え込む雫のことなど一向意に介する様子もなく、
「うんそうしよう、雫、桜、行くぞッ」
と満面の笑みで宣言した。案内をしてくれるな、と断定口調で頼まれて、桜はまたおろおろとしている。いってらっしゃいませ、と巴はしずしず頭を下げる。
そして雫は――。
溜息を吐いた。
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