幕間

幕間 

 

 メデュラド王国のほぼ中央に位置する、バーゼラルト空軍基地。

 隣国ルーニエスとの戦争状態にあるメデュラドだが、前線から遠く離れたこの巨大な空軍基地は、まるで平時かのような平穏さを漂わせていた。



 その平和そのものの基地を横切る、巨大な滑走路。

 その極限まで平坦にならされた黒い線に、二機の戦闘機が爆音をまき散らしながらアプローチする。


 鋭利な前進翼と、後ろから見るとX字になった尾翼。

 敵国ルーニエスのそれと酷似した、猛禽類の爪のような推力偏向パドル。


 メデュラド空軍の主力制空戦闘機、レイダーだ。

 きれいなフォーメーションを保ったまま、二機のレイダーは見事なタッチダウンを決め、そのままタキシーロードへと。


 そしてエプロンに機体を並べ、甲高い音を放っていたエンジンの動作を停止させた。

 

 エアロックが解除され、オレンジ色のキャノピーが跳ね上がる。

 ヘルメットを脱いだパイロットたちは、地上の整備士たちがコックピットの脇に引っ掛けたハシゴを伝って地上へと降り立ち、互いに顔を見合わせた。


「おいレキ、さっきのアレは危なかったぞ。もうちょっと距離を置いてくれよ」


 二人とも、まだ若い男性だ。二十代前半と言ったところだろうか。

 声をかけた男は黒髪の短髪で、いかにも『戦闘機パイロット』という見た目をしている。

 どこか愛想を感じさせる顔だちではあるものの、軍人らしい厳しさも持ち合わせているような、不思議な男だった。


「よせやいマイク。ありゃあ仕方なかったんだ。そのおかげでお前はこうして今無事地面に足をついてるわけだぜ?」


 レキと呼ばれた男は、パイロットにしては長い黒髪。

 女性と見紛うほどに整った顔立ちに、悪戯好きな子供のような無邪気な微笑みを浮かべ、マイクと呼んだ男にひらひらと手を振った。


「そりゃそうだがよぉ」


 二人は、ヘルメットを肩に引っさげて歩き出す。

 向かう先には、大きな管制塔がそびえる建物。


「にしても、日に日に数が増えてってるな。ワイバーンども」

「あぁ、そろそろ笑いごとじゃすまなくなってきてるな」

「もとから笑い事じゃねぇよ。ルーニエスなんかと戦争してる場合じゃねぇ」

「お前がホノ字のパイロットも向こうにいるしな」

「それは今関係ねぇ」


 気の知れた親友のように、時折冗談を混ぜながらもスムーズに会話を続ける二人。

 そんな彼らが建物の中に入るなり、その背中に声が投げかけられた。


「お疲れ様、キューピッズのツートップさん」

「ただいま戻りました、司令官」


 二人に声をかけたのは、見るからに位の高い雰囲気を纏った壮年の男性。

 それを裏付けるかのように、パイロット二人はその壮年の男性にビシッと音がするほどの敬礼を向けた。


「帰ってきて早々で悪いんだが、状況を聞かせてもらってもいいかね? デブリはこれからだろう?」

「当然です」


 三人となった彼らは、建物の奥にあるブリーフィングルームの扉を開けた。 

 すでに室内には幾人かの職員が待機しており、彼らが入ってくるなり音もなく起立し、敬礼をする。


 楕円形のテーブルを囲むようにして配置された椅子は、全部で二十。

 マイクとレキ、そして司令官の席だけが空席になっており、彼らは目を合わせてうなずき合うとそこへと足を向ける。


「楽にしたまえ。では、さっさと始めてしまおうか」

 司令官の言葉で、各々が席へと腰かけた。

 部屋の照明が落とされ、テーブルの中央に立体映像が映し出される。


 ファンタジーRPGでよく見るような、翼が生えたトカゲと形容できるような生物の映像だった。


「それでは、今回のフライトのデブリを行う。今回の任務は、当基地北東七十キロ地点に出現した飛龍、すなわちワイバーンのせん滅が目的だった。キューピッズスコードロンの二機がスクランブルし、これを無力化。民間への被害は出ていない」

 司令官の最後のセリフで、安どのため息がそこかしこから漏れる。


 彼はそれが静かになるのを待ち、続けた。


「今回はしのげた。いや、今回までも、と言った方が良いか。そこにいるエース二人のおかげで、ここ最近目立った被害は出ていない」

 部屋中の視線が二人に注がれる。

 レキは気まずそうに視線をそらし、マイクは誇らしげに胸を張った。


「だが、このままではいずれ民間人に被害が出る。ここ最近魔物の活動が活発化し、抑えきることもそろそろ不可能になってくるだろう」


 少しばかり持ち上がりかけていた室内の空気が、司令官のその言葉によって一気に冷え込んだ。

 あるものはペンで机をリズミカルに叩き、あるものは沈痛な面持ちで俯く。


 それは誰しもが、司令官の言葉に異議を唱えることができないということを意味していた。


「ここにいる者は信頼している。だから正直に話そう。私は、ルーニエスとの戦争の必要性を感じない。広がりつつある魔物の脅威に一刻も早く対応するべきだと考えている」


 司令官とはいえ、一人の軍人。

 軍全体の動きに異を唱えるということは、それなりの刑罰を覚悟しなければならない行動だ。


 だがこの言葉にも、誰も異を唱えなかった。

 それどころか、同意するかのように首を縦に振るものまで見受けられる。


「まぁ、この話をここでしてもなんの解決にもならん。とにかく今は、魔物への今後の対応について話し合わなければならん」


 ここで一区切りがつき、室内には議論の声が飛び交い始めた。


「おいマイク、どう思う?」

「なにがだレキ」


 パイロット二人はその会話に混じることなく、耳を寄せ小声で語り合い始める。


「なにがじゃねぇ、わかってんだろ? このままじゃあジリ貧もいいとこだ」

「だからそうならないために今話し合ってる訳だろ?」

「そうじゃねぇ、おかしいと思わねぇのか? 増え続ける魔物への被害を二の次にして、今攻め込んでも大してメリットもねぇルーニエスとの戦闘に部隊の大多数が割かれてる。意味不明にもほどがある」

「まぁ司令官もそう思ってるだろうな。だからこそ、あんなことを俺らに言った。でも、だからと言って俺らに何ができるわけでもねぇ。とにかく魔物をブッ殺して、民間人に被害が出ないよう俺らが頑張るしかねぇ」

「そりゃあそうだがな……」


 レキはここで話を切り上げ、腕を組んで唸り始めた。

 マイクはそんな彼の横顔を見やりながら苦笑し、おもむろに席を立つ。


 そして部屋の奥に設えられていたコーヒーサーバーへと向かった。

 だいぶ年季の入ったそれを操作し、二人分のブラックコーヒーをこさえて席に戻ってきた。


「まぁ、飲んで落ち着け。落ち着かねぇと、いい考えは浮かばねぇからな」

「ありがとよ」


 

 彼らはコーヒーをすすりつつ、一向に進まない会議に参加することもなく、ただただ、座り続けた。

 ちみちみとコーヒーを口に運びつつ、何も考えていないような面持ちで、あたりを見回し続ける。


 と、その時。

 若い女性職員が何かに躓き、マイクへと倒れ込んだ。

 彼に抱き留められ、彼女は転ばずになんとか体制を立て直す。


「す、すいません!」

「気にしなくていいよ。女の子はヒールで大変だろ?」


 転んだ女の子の足元を指さしつつ、ウインクしながら微笑む彼。

 転んだ彼女はなんども頭を下げ、部屋を辞していった。


「おいマイク、落ちたぞ」


 彼女が倒れ込んできたときに、落ちてしまったのだろう。

 レキは床に落ちていた銀色のペンダントを拾い上げ、マイクへと手渡す。


 彼の首に常にぶら下がっているアクセサリだ。

 常日頃行動を共にしているレキが、彼の所有物であると把握していてもなんらおかしくはない。


「すまねぇな」

 マイクは苦笑しながらそれを受け取り、手の中で幾度か転がして見せる。

 どうやらペンダント型の写真入れらしく、彼は小さな取っ手に爪を挿し込んで、パチンとそれを開いて見せた。


「フフン、昔の女と今の女ってか?」

「そんなんじゃねぇ」


 それに入っていたのは、長い赤髪をポニーテールにまとめた、美しい少女の写真。

 どこか昔を懐かしむような瞳でその写真を眺めてから、彼は蓋をしめてペンダントを首に下げた。


「お前がホノ字の女、シャルロットだっけ? 昔の女の写真を持ち歩きながら懸想するのは、その女に失礼なんじゃねぇか?」

「だから、そんなんじゃねぇ。黙ってろ」


 少しばかり、きつめの口調。


「へいへい、悪かったよ」


 なにも悪びれていないような口調でレキがそう返し、この会話はここで途切れた。







「昔の女なんかじゃ、ねぇ」


 そして、誰にも聞かれないような小さな声で、マイクはそう呟く。

 ペンダントの裏側、ちょうど首にかける金具が止まるわっかの下あたり。


 そこには、少しばかりかすれた筆記体で、『フレイア・メデュラドより、愛を込めて』と、刻み込まれていた。




二章へ続く。




 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大空への夢を、異世界でもう一度! ふみ狐 @fumiko1000rr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ