第42話 パイロット

『マスター、センサーに感あり。また、現在交戦中の部隊とのデータリンク確立。情報によると、当該空域の飛行物体は全数一八。うち八機はわが軍のエイルアンジェです』

「飛んでったのは全部で八機だったよな? まだ全機無事ってことか。にしても、十機だと? 十機も飛ばしてきたってのか?」

『そのようです。メデュラドは数に頼ることしかできない腰抜け野郎ですので』

「なんだ、急に口が悪くなったな」

『私は高性能ですから』

「言ってろ。そろそろ戦闘空域か?」

『ETAは二分後。マスターアーム点火します』


 スロットルレバーをさらに前へと倒し、バーナーを点火する。

 ちんたらちんたら飛んで、敵に余裕を与えたくは無かった。


「さぁ! 行くぞアンジェ!」

『了解ですマスター』


 二分など、あっという間だ。

 やがて夜空の向こうに、ビーム機銃とフレアの光が明滅し始める。

 かなり大規模な空戦だ。こんなものが首都のすぐそばで起きてしまっているという事実。

 今更になって、少しばかりの恐怖を覚えた。


「アンジェ。高度を取って上から行くぞ」

『了解』


 右に機首を向けてから操縦桿を引き、雲に隠れながら高度を取る。

 敵にはもうこちらが接近してきているということはバレている。

 しかも、数は向こうの方が上。

 

 戦闘を離脱してこちらに向かってくる敵がいる可能性も大きい。

 攻撃をされる前に、有利な位置を取っておきたかった。


 と、その時。センサーロックされたことを知らせるアラームがエンジン音を上書きしてコックピットの中に響き渡る。

『マスター、捕捉されました。シーカー冷却を確認。ミサイル、八時方向より接近。数三』

「言ってる先から……! おでましか!」

『さらに二機が戦列を離れ、こちらに接近。機銃射程まで五百』

「その前にミサイルだ!」


 バーナーを消し、スロットルを絞る。

 ミサイルとこちらの距離はそう離れていない。

 エンジンのクールダウンはおそらく間に合わないはずだ。


 ゆるく左旋回をしながら高度を上げている最中だった俺は、左ラダーペダルを蹴り込みながら操縦桿を左へ。

 機体の天が地を向いたところで、操縦桿を体側に倒す。


 今まで稼いでいた高度を失うのはもったいないけれど、背に腹は代えられない。

 急降下して速度を稼ぎつつ、機体の天を今度はミサイルに向ける。


 対空ミサイルは、目標がいずれ飛ぶであろう地点を予測して飛んでくる。

 すなわち、大きな機動を取ってミサイルを振り回すことで運動エネルギーを消費させ、回避することができる。


 もっともこれは距離が遠い場合の話なんだけど、近距離でもミサイルに無駄な機動を行わせることは結構有効だったりする。


「ほーらこっちだこっちだ!」


 急降下から、大きく右旋回。ミサイルに今度は機体の左側面を向け、さらに今度は左旋回。ミサイルに機首を向け、今度は急上昇。

 一気にミサイルの持つ運動エネルギーを切り崩しにかかる。

 ミサイルとの距離が百を切ったところで、フレアを放出しながら右急旋回。


 あちらこちらに振り回されて力を失っていたミサイルは、フレアに惑わされながらも力尽き、俺の機体を捉えることはなかった。


「っしゃあ!」


 普通、ここまで大きな機動を取った場合戦闘機の持つ運動エネルギーは大幅に減少していて、機銃攻撃のいい的になってしまう。

 だけど、何度も言う通りそうはならないのがこのブルスト世界の戦闘機だ。


「行くぞ! エイルアンジェ!」


 スロットルをミリタリー、さらに押し込んでバーナーを点火。

 シートに体が押さえつけられるほどの加速Gを身に受けながら、俺の機体は一瞬のうちに音速まで加速する。


 本当に、化け物じみた機体性能だ。


『マスター、四時方向敵機。ガンサイトに当機を補足、射撃してきます』

「オラッ!!」


 右ラダーを踏み込みながら、操縦桿を左に倒してから体側へ。

 機首を飛行方向に向けたまま大きくロール機動を行うバレル・ロール機動。


 ひっくり返った天地。

 見上げるとそこは地面。


 キャノピー越しに、緑色の光の束が闇を切り裂いて突き抜けていく。


 後ろに二機。

 それ以外は首都防空隊の相手をしているためにこちらに攻撃してくる素振りは見せてない。

 二機相手なら、速度を一度殺しても大丈夫!


 ラダーペダルの両方を踏み込みながら、操縦桿を強く体側へ。

 俺の十八番。コブラ機動。


 後ろについて五秒もしないうちにこんな機動をされちゃあ、対応もできないだろう。

『マスター、敵機、当機をオーバーシュート。被弾無し』

「上出来だ!」


 そもそも今は視界が悪い夜だ。

 相手の動きを予測するのは難しい。昼間なら見える動翼の動きも、捉えることができないだろう。

 

 だから、こういう派手な機動もやりやすい。


「墜ちろクソが!」


 兵装選択レバーで、ビーム機銃を選択。

 前を飛んでいた一機をLCOSの中心に捉え、引き金を引いた。

 引き金を引くのに、躊躇いは感じなかった。


 さすがに一発でとはいかなかったけれど、ビームの束は敵のTT装甲を追い詰め、三秒ほど連続で命中させたところで垂直尾翼が吹き飛んだ。

 レイダーもエイルアンジェと同じく二枚の垂直尾翼を持つ。


 一枚失ったところで即墜落とはいかないけれど、それでも大事な翼を一枚失った敵は煙を吐き出しながらふらつきだす。


「とどめだ!」


 さらにトリガーを引く。

 今度はエンジンノズルの奥を捉えた。


 一瞬のうちに爆発、炎上。

 真っ黒な夜空に真っ赤な火の玉を残しつつ、敵は空の藻屑と化した。


 僚機を吹き飛ばされながらも、その間に俺の追尾を振り切っていたもう一機。

 バーナーを点火し、急上昇しながら大きく右に旋回している最中だった。


「バーナー吐いたら、撃ってくれって言ってるようなもんだぞ!」


 オフボアサイト攻撃。

 煌々と輝くバーナーの光を捉え、エウリュアレーを四発放つ。


 この距離で、バーナーを吐いた敵を、逃すはずもない。


「スプラッシュバンディット!」


 二機目の撃墜。

 けどそんなことを喜ぶ暇もなく、俺は首都防空隊と残りの八機の戦闘が続く空へと機首を巡らせた。







『メイデイメイデイ! こちらアラクネースリー! 敵が後ろに着いた! 振り切れない! 誰か助けてくれ!』

『スリー! 機銃撃ってくるぞ! 左にブレイク! ブレイク!』

『リーダー! 上空からさらに二機!』

『くそっ! 被弾した! 蓄熱率六十九パーセント!』

 


 首都防空隊、アラクネー隊と敵戦闘機の戦いは、乱戦の様を呈していた。

 俺が先ほど二機を撃墜し、八対八のドッグファイトとなっている訳だが、全十六機によるドッグファイトは十分大規模空中戦と言っても過言ではない。

 

 ピンクと緑のビームが夜空を切り裂き、フレアの灯りが空に漂うミサイル煙とヴェイパーを照らし出す。

 そしてバーナーの青い光が、ひときわ強く暗闇に浮かび上がっている。


「敵は二機撃墜されたことに気づいてるよな?」

『肯定です。ですが、マスターが撃墜したということまでは把握できていないかと』

「フフン、ミスターXってとこか? このまま闇に紛れて敵の数を減らすぞ!」

『了解ですマスター。現在最寄りの基地から増援部隊も急行中。ETAはあと十分です』

「十分あったら全部落とせるな。行くぞアンジェ!」

『いつでもどうぞ』


 バーナーを点火し、再び高度を取る。

 数の優位を失った敵はこちらにかまうこともできず、ただ必死にアラクネー隊とのドッグファイトを繰り広げ続けていた。


 現在こちらは九機、むこうは八機。

 一気にひっくり返った戦況に、敵さんきっと慌てふためいているはずだ。


「その隙、つかせてもらおう!」


 ある程度高度を稼ぎ、戦闘空域を見下ろす形になったところで機体をひっくり返す。

 そして操縦桿を体側へ。


 一気に急降下の態勢を取り、アラクネースリーの後ろを取ってビーム機銃を乱射しているレイダーをLCOSの中心に捉えた。

 この距離で外すはずもない。機銃の束はレイダーの胴体を捉え、やがて爆ぜた。



 逃げ惑っていたアラクネースリーの隣に並び、無線を開いて呼びかける。



「よっしゃあ残り七機! こちらスパロウツー、大丈夫かアラクネースリー!」

『スパロウ!? なんで君がここに……! えぇい! 詳しい話はあとだ! 支援感謝する! このクソ野郎どもを地面にキスさせるのが先だ!』

「わかってる! こっちは勝手に飛ぶぞ!」

『了解! 撃つ前に一言言ってくれればそれでいい! 頼むぞ!』

「アラクネーリーダー! 聞いてのとおりだ! ここからは俺も参加させてもらうぞ!」

『おいおい! エースが来るなんて聞いてねぇぞ! このままじゃあ手柄を全部持ってかれちまうぞ! 気合い入れろお前ら!』


 鬨の声が上がる。

 自分で言うのもなんだけど、強いやつが味方にいるときの士気の上がり方は、半端じゃない。

 ゲームでも、実戦でも。


 自分がその『強い奴』ポジションにいるということに、嫌でもテンションが上がってしまう。

 これだ。この、自分が必要とされている感覚。思い出した。強くなって、満たされていくこの満足感。


 かっこ悪いところなんざ見せられない!


 

「っと、さっそくお出ましか!」


 いつの間にか、レイダーが二機後ろについている。

 ビーム機銃を乱射し、こちらをけん制。俺はそれにとらわれることが無いよう、機首を不規則に揺らすジンギング機動を行いながら、周囲の状況を確認する。


「俺についてるやつら以外はアラクネーとやりあうのに必死か……」


 だったら、速度を落としても問題は無いな!

 もう俺の十八番と言ってもいいだろう。さっさと決めてやろうじゃねぇか!


 でも何度もおんなじやり方じゃあ、つまらないよなぁ……!



「アンジェ、後方の二機をセンサーロック! エウリュアレー四発シーカー冷却!」

『お言葉ですがマスター。オフボアサイト能力で後方への射撃も可能ではありますが、命中する可能性は極めて低いかと思われます』

「だれがこのまま撃つって言った! いいから、射撃準備!」

『了解』


 エウリュアレーの目は、真後ろを見ることはできない。だけどあらかたの場所を示しておいて、撃った後に『見つけさせる』こともできるんだ。

 

「準備良いな!? 行くぞ!」


 エウリュアレーの発射準備が整ったところで、十八番であるクルビット機動。

 でも今回は、オーバーシュートだけが目的じゃない。


「スパロウツー! FOX2! FOX2!!」


 クルビットで機首が後ろを向くその瞬間、俺はミサイル発射ボタンを押し込んだ。

 名付けてサマーソルト!


 後ろを取った状態からミサイルを撃たれるなんて誰も想像しないだろう。

 ろくな回避機動を取るでもなく、ミサイルはレイダーのコックピットを捉えた。


 すぐ機体は元飛んでいた方向に機首を向け、後方にあった二機の反応が消失する。




 確実に、今俺は二人の人間を殺した。


 だけど、もう罪悪感も恐怖も、感じなくなっていた。


「スパロウツー、スプラッシュバンディット! 二機撃墜!」

『本当に、マスターの飛び方には毎回驚かされます』

「俺は世界で一番強い男だからな! 次行くぞ!」

『了解』


 これで敵の残りは六機。このまま押し込めば数分もせずに片が付く数だ。

 アラクネーの後ろについて必死こいていたレイダーが俺の目の前を飛び去って行く。


 逃すはずもない。

 エウリュアレーを二発、すかさず放った。

 

 夜の闇を切り裂いて飛ぶミサイルは、ロケットモーターの燃焼が終わらないうちにレイダーのエンジンを捉える。


「もう一機だ! 五機目! スプラッシュバンディット!」

『おいおい……! 化け物かよ……! この短時間で五機だと……!?』

『たった一機で戦況をひっくり返しやがった……!』

『ぼさっとするな! まだ戦闘は終わってねぇぞ! このまま全部あいつに落とされたら首都防空隊の赤っ恥だぞ! 気合い入れなおせ!』


 ふふん! なんと気持ちいいことか! これだ! これがエースっていうものだ!

『マスター、とても楽しそうですね』

「あぁ! 最高に楽しいね!」


 何の迷いもなく、そう返した。

 鳥肌が立つほど、面白い!


「このままいくぞ!」

 と、気合を入れなおしたところで、緊急の通信がどこからともなく飛び込んできた。

 アラクネーからじゃない。ということは、送信先についてなんて考えるまでもない。


『こちらグルージアコントロール! アラクネーおよびスパロウ、聞こえるか! 基地から南東百キロの地点に、新たな敵が出現! 支給迎撃に向かってくれ!』


 なんとなくそんな予感はしていた。

 多分敵の狙いはフレイアだ。となると、首都からこんな離れたところに十機も部隊を『出現』させることはどう考えても不自然だ。

 だけど、こっちにこないとアラクネー隊がどうなるかわからなかった。


 だから、何も考えずにこっちに来ていたんだけど……。


『スパロウ! もうこっちは大丈夫だ! お前は早く迎撃に行け!』

「そうさせてもらう!」


 もう十分こっちの戦力も削いだ。

 アラクネー隊の実力も、予想以上に良い。これならもう俺がこの戦闘空域を離れても大丈夫だろう。


『俺たちの街なんだ。頼むぞ!』

「任せといてください! アンジェ! 新たな目標までの最短ルートを出せ!」

『既にやっておきましたマスター。MFDに表示します。ウェイポイントゴルフを新たに設定』

「さすがだ!」


 ここから新たな敵編隊までは、直線距離で約百六十キロメートル。どう考えても間に合う距離じゃない。

 でも俺には、確かな自信があった。


 敵は、絶対に首都へはたどり着けない。


「ウェイポイントヘッドオン! スパロウツー、これより新たな敵編隊の迎撃に向かう!」


 スロットルをバーナー位置へ。

 何も考える必要はない。とにかく速く。もっと速く!


 信じられないくらいの勢いで跳ね上がっていく速度計の表示。

 マッハ四を超えても、速度はさらに上がり続けていく。


 すぐ首都の上空に到達し、あっという間に通り過ぎる。

 だけど敵の姿は、影も形もない。


 攻撃された様子もない。


「やっぱり、あのまま黙ってる人じゃねぇよなぁ!」


 そのままマッハで飛び続け、やがて指定された空域へ。

 さっきと同じように、夜空をビームとフレア、そしてアフターバーナーの光が切り裂いている。


 戦闘が起きている証拠だ。


 首都防空隊は全て最初の部隊に対応している。

 あの基地にいたパイロットで、数の不利などものともしないエースパイロットなんて、もう一人しかいない。


「遅くなりました隊長! 結局予備機をブン取ってきたんですか!?」

『しっかり同意を得たうえでの出撃だ! ほらっ! さっさと落とせ! リョースケ!』

「了解! 右から戦闘空域に突入、エウリュアレー全弾斉射します!」



 少なくとも、敵の数は六機。

 その六機を相手に、全く遅れることなく飛び回る、垂直尾翼に首都防空隊のエンブレムがペイントされたエイルアンジェ。

 でもそのパイロットは、アラクネーの人間ではない。


『スパロウワン! FOX2! FOX2!!』

「全く、昼間撃墜されて病院に担ぎ込まれて、その日の夜にはこれだもんなぁ……!」

『なんか言ったかルーキー!』

「何でもないです! スパロウツー! エンゲイジ!」


 まったく無駄のない機動。

 それでいて、大胆。


 大きな機動だと思ったら、小さくコンパクトな機動で敵を翻弄する。


 ルーニエス空軍のエース、シャルロット・ハルトマンは、やっぱりどこまで行ってもエースパイロットなんだなと。

 少し遠めに見る彼女の機動で、改めてそう思った。





 

 



 


「っしゃあ! ケツ取ったぞ!」

『こっちもケツ取られたけどな!』



 首都付近に突如出現した敵戦闘機部隊。

 敵六機に対してこちらは二機。


 普通に考えれば絶望的と言ってしまっても過言ではない状況。


 だけど俺は、こみ上げてくる笑いをこらえることができなかった。

 楽しい。燃える。こんなシチュエーション、願ってもない。


 最高にかっこいいショータイムだ。


 ゲームでもこんな状況、なかなか生まれはしない。


 でもこれは、ゲームでも何でもない。

 まごうことなき現実。

 

 射出座席から伝わるエンジンの振動。

 飛び交うビームの光。

 うるさいほどに高鳴っている自分の心音。


 飛び込んでくる情報ひとつひとつが、これが現実であるということを鮮烈に印象付け、さらにアドレナリンの分泌量が上がっていく。


『ルーキー! 五時方向!』

「はがします! 左ブレイク!」


 左に急旋回。斜め後ろを飛んでいるシャルロットさんも、全く遅れることなく俺についてきてくれる。

 翼の端から伸びるヴェイパーを、ビーム機銃が切り裂いていった。


 敵はこちらの三倍。ツーマンセルで飛行しているから、一対三ともいえる。

 誰かの後ろを取ろうとすればその間にケツを取られ、そうでなくとも残りの一チームがどこからともなく攻撃を加えてくる。


 攻撃に移る隙が無い。

 こいつら、けっこうな手練れだ。

 機動自体のキレもよくて、LCOSにその姿を捉えることもできない。


「フフン、やっと手ごたえがある奴らが出てきやがったな……!」


 でも、問題ない。

 たしかに腕はいい。今まで戦ってきたパイロットたちのなかでも一二を争う連中だ。


 だからと言って、俺たちより強いとは限らない。

 俺とシャルロットさんには、敵わない。



「アンジェ! エウリュアレーを前の一機に全部ぶち込む!」

『了解、シーカー冷却開始します』

「まず一発撃ってフレアを吐かせて、間髪入れずに残りを撃つぞ!」

『了解』


 さっきの空戦でだいぶ数が減っていたエウリュアレー。

 だけど温存する必要もない。

 

 まだシャルロットさんの機体には大量のエウリュアレーがぶら下がっているし、なによりビーム機銃がある。

 出し惜しみは趣味じゃない。


「スパロウツー! FOX2! FOX2!!」


 まずは一発。夜空を切り裂いて伸びていくまばゆい光。

 当然のごとくフレアを放出しながら回避機動を取り始める前の二機。


 こっちにとってはラッキー、向こうにとってはアンラッキー。

 フレアに妨害されると思っていた一発目のエウリュアレーは、それには目もくれずに敵の機体へと直撃した。


 しかも、どうやらシャルロットさんがすでに何発か攻撃を加えていたらしい。

 普通ミサイル一発じゃあ破壊されないはずのTT装甲が真っ赤に熱を持ちながらひしゃげ、吹き飛んだ。


 主翼と垂直尾翼を吹き飛ばされたその一機は、真っ黒な煙を吐き出しながらくるくるときりもみ状態に。

 そのまま高度を落とし、二度と雲の上に上がってくることは無かった。


「スパロウツー! スプラッシュバンディット!」


 なんて喜んでいるのもつかの間。

 

「ぬおっ!!」


 凄まじい衝撃とけたたましいアラーム音。

 コンソールに目をやれば、主翼に何発かビーム機銃を被弾してしまったらしい。


 TT装甲の蓄熱率が四十パーセント近くにまで上昇していた。


『大丈夫かルーキー!』

「問題ありません! 隊長は大丈夫ですか!?」

『かすりもしてねぇ! さっさと叩き落すぞ!』

「了解!」


 今度は、ミサイルアラート。

 真後ろからミサイルの噴射炎が三つ、こちらに近づいてくる。


「フレア! フレア!!」


 俺とシャルロットさん、二機のエイルアンジェから吐き出された大量のフレアは光の壁になってミサイルの行く手を阻む。


 さらにエンジン出力を絞り、急上昇しながら右急旋回へ。

 

 敵はこっちの機動を読んでいたらしく、キャノピーのすぐそばを緑色の光線が通り過ぎていく。

 恐怖も何も感じない。


 ただただ楽しくて、吊り上がった口角のまま射撃してきた敵を睨み付けた。

『ルーキー! 私がやる! 少しはかっこいいとこ見せねぇとな!』

「お願いします!」


 少し後ろを飛んでいたシャルロットさんの機体が、くるりと縦に回転。

 機首を敵に向けたところでバーナーを点火し、ビーム機銃を乱射しながら敵編隊へと突っ込んで行った。


 ミサイルに追われている最中だというのに、あんな意味不明な機動を取ってくるとは思っていなかったのだろう。

 

 わたわたとシャルロットさんの機銃を避けながら、完全に体勢を崩された形となった敵。

 その敵の中心を、シャルロットさんのエイルアンジェが高速で突っ切った。


 そして急旋回。

 真っ白なヴェイパーをその身にまといながら、ゲームでもお目にかかれないほどのハイスピードハイGターンを決め、あっという間に敵のケツを取る。


 その彼女のケツを取ろうと、もう一つの無傷のチームが動き始めていた。

 彼らは俺の少し上空。シャルロットさんの機体を見下ろし、二機編隊を綺麗に保ったまま急旋回。

 高度を落としながら彼女の機体を射線に捉えんとする。


「させるか!!」


 さっき一発しか撃たなかったから、エウリュアレーはまだだいぶ残っている。

 その全てを、急降下している敵に向けてブッ放した。



 フレアを吐きだしながら、左右に急旋回して回避機動を行う敵。

 でも速度に乗りすぎた機体は大きな機動を行うことができず、二機ともエウリュアレーの餌食となった。


 二つの火の玉がまとまって一つになり、今までで一番大きな花火になって夜空を照らし出す。




 これで三機!

 俺たちが来てから三分と経っていない。


 やっぱり俺たちは、強い。

 さらにさらに、笑いがこみ上げてくる。


『グッドショット! それと……!』


 シャルロットさんの機体から、エウリュアレーが放たれた。

 彼女が後ろを取っていた二機には向かわず、なぜかこちらに向かって飛んでくるミサイル。


 一秒ほどでミサイルは俺のすぐそばを通り過ぎ、そして後方で爆発。


『まだまだツメが甘いなルーキー!』


 どうやら、さっき撃ち漏らした一機が俺の後ろを取っていたらしい。

 彼女はそれをピンポイントで撃墜してくれたのだ。


「じゃあこれで貸し借り無ってことで!」

『そういうことにしておこう。さぁタイマンだ! さっさと決めるぞ!』

「了解!」


 これで、敵の残りは二機。

 こっちも二機。


 六機いてもこっちを撃墜できなかった敵さんだ。

 もうこれは『チェックメイト』と言っても過言ではない。


 でも、最後まで気は抜かない。

 何が起きるのかわからないのが空中戦なんだ。


『ルーキー! ミサイル! ミサイル!!』

「大丈夫です!」


 そう言っている合間に、敵は俺に向けミサイルを撃つ。

 距離も遠いし、エンジンも十分冷えている。


 回避は容易だ。


 だけどその間に、敵は二手に分かれて別行動を取り始めた。

 一機は急上昇。もう一機は雲を切り裂いて急降下。

 なるほど、このミサイルは当てるのが目的じゃないってことか。俺みたいなミサイルの使い方をするもんだ!


『ルーキー! 私は上昇した方を追う! 下に降りた方はお前に任せるぞ!』

「ウィルコ!」


 バーナーを点火し、急上昇し始めるシャルロットさん。

 俺も遅れを取らないように、バーナーを点火して雲の下に逃げたもう一機を追う。


 雲の下に逃げたとはいっても、センサートレースのボックスは常に敵の位置を示し続けている。

 敵はこちらに機首を向け、雲の向こうからビーム機銃を乱射した。


「あっぶね!」


 でも、やっぱり直接視認していないんだから当たるはずもない。

 機銃を避けた俺は右ロールを行いながら高度を落とし、雲の中へと突っ込んだ。


 そのとたん、ミサイルアラート。

 敵さんも必死になるよなぁそりゃあ!


「フレア! フレア!!」


 バーナーを消し、フレアをばら撒きながら急上昇。

 雲の中でエンジンの冷えは早い。


 このミサイルもなんなく回避したけれど、その間に敵は俺の後ろを取っていた。

 本当に俺みたいな飛び方をする奴だ……!


「雲の中で視界も悪い。それにタイマン。こりゃあもうアレをやれって言ってるようなもんだよなぁ!」

 うしろを取られたら、はがせばいい。

 

 十八番であるコブラ機動で急減速を行い、敵をオーバーシュートさせた。

 すぐさまエンジン全開。急加速して敵に追いすがる。


 トリガーを押し込み、ビーム機銃を発射。

 だけど敵はジンギング機動で小刻みに進路を変え、こちらの攻撃をなんなく回避していく。


 やっぱり、こいつは腕がいい!

 だけどこっちの方が燃えるじゃないか! 雑魚いNPCを相手にするより、なんぼか楽しい!


「これでどうだこの野郎!」


 まず、敵の右後ろに機銃を叩き込む。

 当然敵はそれを回避するために、左へと舵を切る。


 それが狙いだ!

 

 右に機銃を撃ってすぐ、左ラダーを思い切り蹴り込んで乱暴に機首を敵の左側に向け、そのままトリガーを引ききる。

 進行方向より少しだけ機首がずれたまま飛び続ける俺の機体。


 言うなれば、空中ドリフトだ。


 機銃の束が敵のTT装甲を捉え、真っ赤に加熱させていく。

 かなり蓄熱率を上げられたと思うけど、それでも撃墜には至らない。

 

 敵は美しいバレルロールで射線を回避したのち、バーナーを炊いて急上昇へと移行した。

 あいつ、こっちにミサイルが無いことに気づきやがったな。


「隊長! すいません! 一機そっちに行きます!」

『問題ない! まかせとけ! それと、当たるなよ?』

「どういう……」


 そう彼女に聞こうとした、その瞬間だった。

 敵と俺は雲を突き抜け、月明りの夜空へと飛び出した。


 そして、その視線の先。

 はるか上空の星空へと向かう俺たちの機体の、真正面。


『チェックメイトだ、クソ野郎!』


 そこには、急降下してくるシャルロットさんのエイルアンジェ。

 もうすでに、戦っていた敵は撃墜したんだろう。


 敵とヘッドオン状態となった彼女は、ビーム機銃を放った。


 俺は彼女に撃たれることが無いよう、コブラで急減速して退避。


 ここからでは直接見ることはできない。


 でも、彼女の機銃はきっと敵のコックピットを捕らえたのだろう。



 パイロットを失った機体は、勝手に水平飛行に戻ろうとする。


 敵のレイダーはフラフラと頼りなく水平飛行に移り、そのまま遥か彼方へと飛び去って行ってしまった。


 


 首都の方向とは真逆。きっと息絶えたパイロットの遺体を乗せたまま、あいつはこの空を飛び続けることになるんだろう。


 もしかしたら自動操縦で、基地に戻るかもしれないけれど。


 その機体を見送りながら、俺は大きく息を吐き出した。


『さて、終わったなリョースケ』


 いつの間にか横についていたシャルロットさん。

 月明りの下、キャノピー超しに、彼女が笑ったような気がした。


「ですね。アラクネーの方は大丈夫でしょうか?」

『大丈夫だろ。あいつらを残してお前がこっちに来たってことは、それなりに腕の立つ連中だったからだろ?』

「はい。想像以上に練度が高かったです。俺が行かなきゃ落とされてたでしょうけど」

『言ってろ。さぁ、とにかく帰ろう。もしかしたら別の部隊がまた現れるかもしれない。補給もしなきゃな』

「了解です」


 俺たちは、機首を首都へと。

 念のため、空対空戦闘モードのまま空を飛ぶ。


 だけど、今までの戦いが無かったかのように静かで、何もない空。


 見上げれば、地上で見るよりもずっと近い星空。


 ここは地球じゃないから、見知った星座は見つけられない。

 だけど、星空の美しさはこのブルーストラトスフィアでも変わらない。


『さてリョースケ。どうだった?』

「どうだったって、何がですか?」


 やがて、はるか向こうに首都の灯りが見え始める。

 滑走路の誘導灯も、暗闇に一筋の光を浮かび上がらせていた。


 その光に向かって飛びながら、シャルロットさんが続けてこう聞いてきた。


『こっちに来てまだそんなに時間は経ってない。でも、いろいろあっただろ? どうだ? このままファイターパイロットを続けられそうか?』

「当然です。シャルロットさんと一緒に飛べるのは俺だけでしょう」


 何の迷いも、ためらいもなく答えた。


 この世界で手にした戦闘機パイロットという夢。

 人殺しとか、戦争とか、いろいろある。


 でもやっぱり、俺はこれからも空を飛ぼうって、そう思った。



一章 おわり



 

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