第7話 残暑見舞いさま
僕は古本屋巡りが好きなんです。
とは言っても、大型チェーンのような店ではなく、街の隅っこでひっそりとやってるような個人商店がお気に入り。
お店の本棚にはまだ読んでいない本が沢山ある。気になる本を持ち帰り、読んでたら面白い本に巡り合うと嬉しく思う。最近の文庫は高いから古本を手に取るようになったのだが、結局足を運ぶ回数が増えた気がする。
そして古本屋の魅力はそれだけじゃない。僕のお気に入りたる最大の魅力は、とても静かなこと。あ、繁盛していないという意味じゃなくて、うん、あまりお客さんいないけど。
そして古本にも、とても古い本や、内容によっては神様がいたりするんだけど、ほとんどがとても物静かで無口に本棚に収まっている。こちらから話しかけない限りは喋らない本ばかりだ。
そして今日も数冊手にとって、いろんなジャンルの作品を買い込んだ。
その日の夜、風呂上がりにさあ読むかと一冊の本を開いたところ、一枚のハガキが挟まっていて、胸元にハラリと落ちてきた。
手に取ってみると、年賀状のようなデザイン。しかし赤い印刷ではなく、水色。
そこに印字されている文字を読む。
「・・・残暑見舞い」
昭和62年とある。”かもめーる”とあるけど・・・それにしても結構前だな。
差出人名は鉛筆で何度も書いては消した感じのするかすれた字が書かれている。何故か差出人の住所が書いてない。
これでは届かなかった時に差出人にも戻らないじゃないかと呟いた。裏を返すと、薄く淡く、だけど豊かに表現されたアサガオが水彩画で描かれている。
「綺麗だな・・・これ、本当に印刷じゃないのかな ?」
そう思って縦に横に見続けていると。
『はい、これはご主人が描いたものです。綺麗ですよね』
「わっ、びっくりした。急に話さないでください」
突然ハガキが話しはじめた。もしかしたら・・・とは思ってはいたけど、結局びっくりして声に出してしまった。
『すいません』
「あ、いえいえ。えっと・・・」
『初めまして。残暑見舞いです』
「あ、これはご丁寧に。残暑見舞いさま」
『こちらこそ、なんだか随分と永く挟まっていたようです。今日は何月、いえ昭和何年ですか?』
「あ、昭和・・・は、えっと64年で終わってて、今は平成29年です」
『へいせい?』
「新しい元号です。今は29年です」
『ではもう・・・30年以上も?』
「はい、そうなりますね」
『いつあの人に送るのだろう、そう思ってました。ご主人、すごく不器用な方で、年賀状も出せなかったみたいで』
「差出人名は何度も書いては消してるみたいでしたが、しっかりと書かれてましたよ」
『ええ、沢山描いたハガキの中でも、私のアサガオが一番良く描けたみたいで、私に向かって"うん、これだ。今度は必ず送る、送るんだ"って。私もポストに投函されるのを楽しみにしてたんですが・・・』
「ここにいますね」
『カバンに入れられて、一緒に出かけたんです。でも、すぐには送ってもらえなくて。その時にこの本にするっと挟まっちゃったみたいです。声は聞こえてたんで、すごく探してくれてたのはわかるんですが、慌てると周りが見えなくなる人で』
「ああ、わかります。探してるつもりでも、全然関係のない場所を探してたりとか」
『はい。ご主人も落ち着けば、またすぐに見つけてくれるだろう、と思ってゆっくり待ってたら』
「30年ですか」
『・・・そのようです』
そう話す残暑見舞さまはやっぱり寂しそうだ。
確かに送られること相手に読んでもらう事が存在意義であるハガキは、送られなかったままだと目的を失う。
「えっと、これからどうします?」
『どうしましょう。このままここにお邪魔するのも悪いですし・・・そうですね、捨てて下さい』
僕もそれは考えた。
こういう神様達は、自分の存在についてあまり執着がない。というか、役目を果たせているか、いないか、が何より重要なのだ。
「やっぱり捨てますか」
『はい。失敗して送られなかった他の仲間たちもみんなゴミ箱に向かいました。私も失敗してれば同じ運命だったのです。なので送られなかった私も、同じように捨てられるほうがいいと思います』
「その・・・送ろうとした方はどんな人なんです?」
『それはもう・・・とても不器用な方です。特に生き方が。曲がった事が嫌いで、強がりを言うんですが、寂しがりやで、話し下手で、気持ちを伝えるのが本当に上手くなくて色々な人と誤解ばかり』
残暑見舞さまは、とても懐かしむように、でも楽しそうに話す。
「そんな人が残暑見舞いとは、またギャップというか、雰囲気合わないですね」
『そうなんです。初めて郵便局でお会いした時は、とてもぶっきらぼうな声で"なあ姉ちゃん、かもめーる、100枚"って。それが』
残暑見舞いがふふふ、と笑う。
『それがたった1人の女性の為なんですよ』
今の時代では考えられない。
「・・・もしかして、ラブレターってやつですか」
『そうですね。その方の電話番号も知らないので、こういう形で想いを伝えようとしたみたいです。ハガキのラブレターなんて、当時でも古くさいんですよ。でも私には、この絵にご主人の気持ちが込められているのがわかるのです』
これがハガキでなければ、誰かのためのものでなければ飾りたいほどの作品。
なんだか勿体無いなあ。
「あのう、送り先の住所は知ってますか?」
残暑見舞い様はまたクスクスと笑い始める。
『それはもう。書かれては消されているので読みにくいですが、何度も何度も書いてたので、私も覚えちゃいました』
聞いてみると、それほど遠くはない、か。
『ご主人の住所は知らないんです。受け取ってくれなかった時に、戻ってくるのは辛いとかなんとかで。郵便屋さんにご迷惑をかけるのに』
そう言ってまた、クスクスと笑っている。
この神さまは、本当にこの人を気に入ってるんだな。
よし。
「残暑見舞いさま。駄目かもしれませんが行ってみましょうか」
『よろしいんですか?』
「はい。割と近いですし、それでダメだったら・・・ごめんなさい、ですけど」
『うふふふ。いいんですよ。30年越しの想いが届けばいいんですけどね』
よく笑う残暑見舞いさまの笑い方は物腰の優しい笑い方だけど、どこか寂しそうだった。
次の日、電車に乗って目的地に向かう。
「H市本町3丁目・・・と」
最寄駅から降りると、スマホのナビを使って歩き始める。
『その"すまほ"という電話機は便利ですね。地図も入っているのですか』
「地図だけじゃないんですよ、これでメッセージ・・・手紙も遅れるんです」
『紙が入ってるんですか?印刷できるんですか?そんな小さな機械で?』
残暑見舞いさまがすごく驚いている。その中にお仲間が、とつぶやいている。
「いえ・・・なんといっていいのか、電話みたいに電気の力を使って文字を送るんです」
『それはお手軽なんですね。じゃ、それだと手紙なんていらな・・・』
残暑見舞いさまは途中で言うのをやめる。
「あ、いやでも昨日調べたら、残暑見舞いさまの"かもめーる"、ひと昔前は減っていたんですが、最近また利用されているみたいなんです」
それを聞いて、声が明るくなる。
『そうなんですか。ああ、良かったです』
「僕、正直年賀状だってほとんど書かないんですけど、良かったって思いました」
そんな話をしていると、どうやら目的地周辺に来たようだった。
「この辺のようなんですが・・・あ」
書かれている住所を探してみると、そこは駐車場だった。
「・・・家がありませんね。住所間違えてませんか?」
『いえ、お隣さんの家を覚えています。間違えてません。実はその人の住所を知ったのも、後をつけていたので分かったんです。ご主人、その後もここによく来てて』
「えっ」
『その人をひと目見たいが為に、何度もこの辺りをウロウロと』
「ストーカーじゃないですか」
『その"すとーかー"が何かわかりませんが、あまりいい意味じゃなさそうですね』
僕は苦笑いをする。
『わたしのこのアサガオも、ここにあった家の前に咲いていたアサガオを描いたんです』
その思い出を噛み締めるような残暑見舞い様の声。
『残念ですけど、帰りましょう。ご主人の家はわかりますが、やめておきましょう』
「そうです、ね」
『もしご主人がそこにいても、わたしができる事など、もうないのです。忘れられていれば捨てられるだけ。覚えていて下さってれば・・・それは嬉しいですが、もう30年も経っているので、本当は私にも意味がないことだと分かってたんです』
残暑見舞いさまはもう心に決めているようだった。
『あ、そういえば、この近くに川があるんです。ご主人、そこでその方に初めて出会ったとかで、歩いてました。だからその川に流してもらえませんか』
「わかりました。じゃ、そこで・・・お別れしましょうか」
そう言うと僕は駅向こうにある川に向かって歩き始めた。
神さまたちと話すようになってしばらく経つけど、こういうのは慣れないな、といつも思う。だけど少なくとも最後は望みどおりにしてあげたい。
『色々とありがとうございました』
「いえいえ、少し残念ですが、またどこかで」
僕は最後にアサガオの絵を見続けた。
今はこんな形で気持ちを伝える事なんてほとんどないんだと思う。この小さな神さまに見初められるほどの伝えたかった想いが、届かなかった想いが、ここにある。
だけど今、後ろから僕に声が届いた。振り向くと老夫婦らしき人が二人、僕の持っているハガキに手を差し伸べ、見せてほしいと手を広げていた。
「す、すまんが、そのハガキをよく見せてくれんか?」
残暑見舞いさまの想いは先に届いていたみたいだ。
いたるところにかみさま。 やたこうじ @koyas
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