第45話 リタ、再び。

 放課後の中学校屋内は時々生徒らを見かけるだけで、ひっそりとした雰囲気があった。ただ、全く静かでなく、吹奏楽の音や校庭の方から聞こえる生徒らの声が耳に入ってくる。部活動はどの学校でもやっているんだなと、当たり前なことを改めて感じた。

「ところで、お兄ちゃん」

「何?」

「その、持ってる袋って……」

「ああ、これ? いや、ミックで余ったものを持ってきただけなんだけど。その、春井さんが残したポテトだけど」

「よければ、あげるよ」

「だ、大丈夫です」

 美々は首を横に振って答える。対して、春井は残念そうな表情を浮かべた。まさか、僕の妹に残飯処理を頼もうとしたのか。

「じゃあ、川之江くん。それ、あげる」

「僕に?」

「うんうん。多分だけど」

 今更だけど、僕らは今、校舎の三階を昇り切ったところだった。

 春井は廊下に向かうと、おもむろに足を止めた。

「食べる暇はなさそうだなあって」

「えっ?」

 僕が間の抜けた声をこぼすと、春井は視線を向けてくる。奥を見ろと言いたいらしい。

 目にすれば、ひとりの少女が立っていた。

 背中まで伸ばした黒髪に、細い瞳にアイシャドウを施していた端正な顔つき。格好は中学校の制服を着ているものの、僕が見間違えることはなかった。

「リタ?」

 僕がぽつりと口にした声に合わせるかのように、彼女、リタは僕らに近寄ってくる。

「久しぶり」

「ひ、さしぶ」

「ここに何でいるのかな? あなたはあたしと同じ高校生だった気がするけど?」

 僕の声を遮る形で、春井が身を乗り出してきた。

「春井、美希奈」

「へえー。あたしの名前はご存知なんだね。それは光栄だねー」

 春井は言いつつ、数メートルの距離となったリタの方を睨みつける。相手も同じで、お互いに火花を散らし始めたといった展開だ。天使の春井にとって、悪魔以外に面倒な敵となる死神は嫌いなのだろう。あくまで、僕の予測だけど。

 一方で、傍らで見ている麻耶香と美々は、意味がわからないといった表情をしている。

「お兄ちゃん」

「何?」

「ふたりは、知り合い?」

「まあ、そんなところだと思うけど」

「わたしたちが間に入っても、収まりそうにない雰囲気ですね」

「多分、間戸宮さんの言う通りだと思う」

 僕はうなずくなり、春井とリタの様子に視線を向ける。

「で、白状してもらうけど、間戸宮明日香のこと、あなたはどれくらい絡んでるの?」

「君に言う必要はないから」

「随分となめられたもんだね」

「わたしの口から言わなくても、ある程度は察しがつくと思うけど」

「まさか、リタは、今度は、間戸宮明日香についてるってこと?」

 僕の問いかけに、リタは間を置いてから、首を縦に振る。ということは、明日香はもうすぐ、死ぬかもしれない。自殺が失敗しても、事故とかでだ。

「ってことは、あたしに忠告してきたのは、いわゆる宣戦布告みたいなものだったんだね」

「どう受け止めるかは、君の勝手だけど」

「イチイチ癪に障る言い方をするね、あなたは」

 春井は苛立ちを募らせたのか、歯ぎしりの音が聞こえてきた。

 と、僕の袖を引っ張る感触があったので、顔をやれば、美々が心配げに目を合わせてくる。

「お兄ちゃん。ここにいたら、ほら、美々の学校の生徒、誰か、自殺するかもしれないんでしょ?」

「そう、だね」

 とはいえ、春井はリタといつやり合うかわからない状況になっている。このまま任せて、明日香を捜し始めていいのかどうか。

「屋上」

「えっ?」

 不意に耳にした声は、リタだった。

「屋上?」

「そう。屋上。そこに、間戸宮明日香はいる」

「明日香が、そこに?」

 すかさず、姉の麻耶香が問い返す。

 リタは躊躇せずに、「うん」と答えた。

「行こう、お兄ちゃん」

「川之江くん」

 美々と麻耶香の力強い語気に、僕は後押しされる形で、「そうだね」と口にする。

「じゃあ、ここはあたしに任せて」

「わかった。けど、リタは」

「何?」

 リタが不思議そうな眼差しを僕の方へ送ってくる。

「何で、間戸宮明日香の居場所を教えてくれたの?」

「何となく」

「何となくねー。けど、あたしには教えてくれなかったけど」

「君には教えないから」

 リタは僕から春井の方へ目を移し、表情を険しくする。

「わかった」

 実際、僕はリタが何で教えてくれたのかわからなかった。けど、話を打ち切らないと、明日香が危ない。

「後、その」

「何?」

 視線を向けてきた春井に対して、僕はミックの袋を静かに置く。中には彼女の食べていたフライドポテトの残りがある。ちなみに、同じ時に僕や麻耶香が飲んでいたコーヒーやオレンジジュースは飲み終えている。店内でだ。

「よかったら、ふたりで」

「こんな時に何言ってるの、お兄ちゃん」

 美々が叫び、麻耶香が僕の手を掴んでくる。

「いや、その、荷物が多いと色々と邪魔になるかなって……」

「だったら、そんなこと言わずに勝手に置いていけばいいんだよ」

「そうだね」

「おもしろいですね、川之江くんは」

 見れば、呆れたような表情をする美々と、笑みをこぼす麻耶香の姿があった。ふたりとも、階段を昇ろうとしており、僕を引っ張っていこうとしているようだった。

「とりあえず、リタの相手はあたしがするから」

「うん」

 僕はうなずくと、以降は春井やリタの方へ振り返ろうとせずに、屋上へ向かった。もちろん、美々や麻耶香と一緒に。

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