第44話 至らぬところとは何なのか、気になってくる。

 僕らがやってきたところは、中学校の校舎裏側にある、道路とを隔てるフェンス前だった。ただ、奥は雑草や樹木が生い茂り、校内をうかがい知ることができない。

「このあたり?」

「みたい」

 僕はスマホを見つつ、春井に対して、答えた。段々と、手にしていたミックのビニール袋が邪魔になってくる。

 画面には地図アプリが開かれており、僕らがいる箇所に矢印があった。

 美々がここに来るようにとURLを添えて、送ってきた場所だ。

「もしかして、このフェンスをよじ登って入るということですか?」

「いや、そんなまさか」

 僕は首を横に振り、美々は何か理由があって、ここに呼び出したのだろうと思った。

 僕らが待っていると、唐突に肩を叩かれる感触。

 振り返ると、上下ジャージ姿の美々が目の前に立っていた。ボブカットぎみの髪はうっすらと汗が滲み出ている。先ほどまで、卓球部の練習に励んでいたことが容易に頭で浮かぶことができた。

「やっほー。昨日ぶりだね」

「あなたは、昨日の朝、お兄ちゃんと話をしていた」

「君のお兄ちゃんと同じクラスメイトの春井美希奈だよ。こっちは、同じくクラスメイトの間戸宮麻耶香」

「川之江卓の妹、美々、です。その、よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ、その、よろしくお願いします」

 なぜか、麻耶香と美々が深々とお辞儀をし、春井は両手を腰に当てて、満足げに何回もうなずいている。もしかして、二人を会わせるために、明日香がまずそうなというウソをついたのか。と、見えてしまう光景だった。

「ひとまず、顔合わせは終えたとして」

 春井は美々の方へ視線を移す。

「いったい、どこから出てきたの? 学校の正門と裏門はけっこう離れてるのに」

「こっちです」

 美々は言うなり、足を進ませ始め、とある場所で立ち止まった。

 ついてきた僕らは、美々が正面を向ける先に、各々目を動かし。

「へえー。そういうこと」

「こんなのがあるんですね」

「美々、ここから出てきたの?」

「うん」

 美々が首を縦に振るとともに、僕は改めて、見た。

 視界には、フェンスの金網に、ひとりぐらい頭を屈んで抜けられる穴が開けられていた。奥は生い茂る樹木の葉や枝を避けて、誰かの通った跡ができている。

「秘密の入口だね」

「この穴って、美々しか知らないの?」

「ううん。美々以外も何人かの生徒が知ってるよ。前に先輩の誰かがこっそり外へ出ようとして、ペンチとかで開けたんだって」

「まあ、ひとまず、これで校内には侵入できそうだね」

「あの、お兄ちゃん」

 不意に、美々が僕の袖を引っ張ってきた。

「何?」

「お姉さん達は、本当にクラスメイトなだけ?」

「というのは?」

「その、仲のいいお友達とか、はたまた、その、彼女さんとか……」

 口にする美々の表情は、目を泳がしていた。まるで、自分が言っていることは真実じゃないと信じたいかのように。

 僕はどう答えればいいか、悩んだ。

「美々さん、ですよね」

 唐突に、麻耶香が美々を呼んだ。当の本人は予想をしていなかったのか、「は、はい!」と声が上擦った。

「わたしはその」

「間戸宮さん」

「川之江くん。わたしから言っても、いいかな?」

 上目遣いに聞いてくる麻耶香に対して、僕は間を置いてから、首を縦に振った。断る理由はない。ただ、自分からは伝えようとする勇気が湧かなかった。

「わたしは、あなたのお兄さんとお付き合いさせてもらっています」

「お兄ちゃんの、彼女さん?」

「はい」

 うなずく麻耶香は、表情が穏やかだった。彼氏の僕としては、自然と背筋を伸ばし、緊張を強いられる感触を受けていた。じゃないと、美々に申し訳ないという気持ちが浮かんだからだ。

 美々は麻耶香の返事に対して、黙っていた。しばらくして、僕の方を見て、口元をにやけさせた。

「お兄ちゃんも隅に置けないよね」

「美々?」

「付き合ってるなら、早く言ってくれればいいのに」

「といっても、昨日からだから」

「そうなんだ。じゃあ、まだまだこれからだね。間戸宮さん、色々と至らぬところがある兄ですが、どうか、よろしくお願いします」

 美々は言うなり、麻耶香の方へぺこりと頭を下げた。自分で口にするのも何だが、よくできた妹だ。シスコンの過剰な評価じゃない。多分。

「ちなみに、春井さんは?」

「春井さんは単なるクラスメイト」

「本当に?」

 なぜか、訝しげな視線を僕に向けてくる美々。

「それは本当だね」

「はい。それは本当です」

 春井と麻耶香が口を揃える。

 美々はそれを受け入れたのか、「本当に単なるクラスメイトみたいだね」と声をこぼす。

 本当は違う。

 春井は人間でなく、天使だ。とはいえ、事実を教えても、美々は信じないだろう。まあ、春井が天使の羽根を出し、宙に浮けば、別だが。

「さてさて、皆さん。そろそろいいですか?」

 間を置き、表情を引き締めた春井が問いかけてくる。

 対して、僕は力強くうなずく。

 遅れて、麻耶香や美々も。

 いよいよ、僕らは校内へ入っていくことになった。

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