第43話 予想通りの最悪な展開

「明日香、どこかに出かけたみたいです」

「それは予想通り、最悪な展開だねー」

 麻耶香の声に、春井はまずそうな顔を浮かべる。

 明日香は一旦帰った後、どこかへ向かったらしい。先ほど、麻耶香が家に電話をしてわかったことだ。親ではなく、お手伝いの女性から聞いたみたいだ。多分、タイムリープする前に、間戸宮の家を訪れた時、出迎えた人だろう。

 僕は今、フライドポテトが入ったミックの袋を手に、春井や麻耶香と走っていた。既にミックがある駅前の繁華街からは離れている。

「春井さん、どこへ行く気?」

「学校」

「学校って、今向かってる方向は全然別だと思うけど」

「あたしたちの学校じゃないよ」

 春井は振り向かずに言う。

「じゃあ、どこの学校?」

「明日香が通ってる中学校」

「えっ?」

 麻耶香が予想外だったのか、間の抜けた声をこぼした。

「明日香は、そこにいるんですか?」

「多分ね、というより、確実ね。まあ、彼女の言うことが正しければね」

「彼女?」

「川之江くんがよく知ってる人」

「もしかして、その、前の彼女さん、ですか?」

「違う違う」

 僕はすぐにかぶりを振った。

「彼女はその、何だろう。一言で言えば、人間じゃない」

「人間じゃないと思えるほど、人間離れした魅力の子だったんですか?」

「そうじゃなくて……」

 僕はどう話せばいいか、困ってしまった。

 麻耶香は自分に自信がないのか、俯き加減になっていた。

「その人と会っても、川之江くんは、わたしの彼氏さんを続けてくれますか?」

「だから、その、そういうことじゃなくて……。とりあえず、大丈夫。間戸宮さんをフるようなことはしないから」

 僕が口にすると、麻耶香はホッとしたのか、ため息をついた。

「それなら、よかったです」

「二人とも、何の話?」

「別に、何でもない」

「ふーん」

 春井は僕と明日香の方へ視線をやるなり、すぐに前へ目を戻す。

「そういえば、川之江くん」

「何?」

「川之江くんの妹さん、麻耶香の妹さんと同じ中学校だったよね?」

「そうだけど」

「連絡して」

「なぜ?」

「ひとりくらい、あたしたちのことをわかってもらう在校生がいた方が心強いでしょ?」

 春井の当然といったような口調に、僕はつい、うなずきそうになる。

「それって、美々も巻き込む気?」

「じゃないと、大変なことになるよ」

「でも、美々は今、部活動の最中だし」

「いいから」

 春井の指示に、僕は悩みつつも、スマホを開き、SNSで美々にメッセージを投げた。

 傍らで聞いていたであろう、麻耶香は、僕のスマホを覗き込んできた。

「妹さん?」

「うん。だけど、卓球部の練習中だから、メッセージ返ってくるかなあって」

 僕が不安な気持ちを言葉でこぼしたところで、返事の通知が届いた。

“どうしたの?”

“今、美々の学校へ向かってる”

 対して、美々は、驚いている男性タレントがデフォルメされた絵を返してきた。

“何で?”

“ちょっと、色々とあって”

美々は「そうなんだ」と両腕を組む、先ほどの男性タレントのデフォルメ絵。

“美々に伝えてきたってことは、何か手伝ってほしいんだよね?”

 察しがいいなと、僕は兄として、妹のことを褒めたくなった。単なるシスコンという評価は受け付けない。というより、そんな揶揄を相手にする場合ではない。

“美々の学校の生徒が自殺するかもしれない”

 僕がSNSで打ち込むと、すぐ既読になるも、反応はない。

「明日香は、自殺するんですか?」

「多分」

「わたしはそんなこと、わからなかったです。姉として、明日香のことは色々とわかっていたつもりなのに……」

「それは、しょうがないと思う。妹さん、間戸宮明日香は、知らないところで色々あったのかもしれないから」

「その言い方はまるで、川之江くんが明日香の自殺する理由を知っているような口ぶりに聞こえます」

 麻耶香の声に、僕はどう答えればいいのかと戸惑う。正直に、明日香とはもう、会っているとかを言えばいいのかどうか。

前を行く春井は角を曲がり、僕や麻耶香も後に続く。もうすぐ、中学校へたどり着くはずだ。

 しばらくして、OKというセリフとともに、親指を立てる猫のキャラが出る。

“着いたら、連絡してね。お兄ちゃん”

 美々のメッセージに、僕は、「了解―」という文字だけを送る。

「優しい妹さんですね」

「そう、なのかな」

「優しいです。明日香も、わたしに対して、色々優しいですけど」

 麻耶香は言うなり、視線を逸らす。

「川之江くん、どう?」

「美々には連絡しておいた。着いたら、また連絡してって」

「はいよー」

 春井の返事を確かめるなり、僕はスマホをズボンのポケットにしまう。

「明日香を死なせるようなことは、させません」

 小声を発した麻耶香は、下唇を噛み締め、何かを強く決意しているように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る