第42話 善は急げと言われても、急過ぎる場合、話は別だ。
「えっ? わたしの家?」
駅前のミック店内で、麻耶香はストローでオレンジジュースを口につけた後、言った。
ミックはハンバーガーやフライドポテトを出すファーストフード店だ。
僕としては、タイムリープする前の昨日、間戸宮姉妹と訪れたことがある。
自分の手元にはその時に頼んだものと同じ、コーヒー入りの紙コップがあった。
「そう。後、麻耶香に借りてたマンガを返そうかなーって」
「それなら、ここで返してもらえばいいと思うけど……」
「いいじゃない。後、久しぶりに麻耶香の家に行ってみたいし。後、ほら、新しくできた彼氏さんもね?」
横にいる春井が急に肩を叩き、僕は思わず咳き込んでしまう。彼女はフライドポテトのLサイズを頼み、先ほどから何本か摘んで食べていた。
「まあ、うん。僕も行ってみたいなっていう気持ちはある」
「川之江くんがそう言うなら……」
麻耶香は難しそうな顔をするも、言葉では了承を得た感じだった。
「そういえば、妹さんは元気?」
「明日香のこと?」
「明日香だっけ? 妹さんの名前」
春井は明らかにとぼけた調子で問い返す。麻耶香がゆっくりと首を縦に振ると、「そうだったねー」と口にする。
「明日香のこと、気になるの?」
「まあ、うん。というより、ほら、彼氏さんが挨拶とかしたいみたいだし。ね?」
今のタイミングで春井から話を振られ、僕は戸惑った。麻耶香の家に行きたいのは、単に明日香と会うためだ。という本来の目的を隠しているので、変にバレたりしないかとずっと気を付けていた。
「そ、そうだね。前に間戸宮さんに、妹さんには『一緒に改めて』挨拶しようって言ったから」
僕が言うと、麻耶香は途端に表情を曇らせた。
「どうしたの?」
「う、ううん。何でもない」
麻耶香はかぶりを振るも、明らかに平気でなさそうな様子だ。
「麻耶香―」
「美希奈?」
「隠し事はいけないよ。ましてや、友達と彼氏さんに」
「別にその、隠し事とか……」
「隠し事じゃないなら、話してよ。別に言い触らしたりはしないよ」
春井は適当そうな声をかけるも、僕から見れば、言葉の内容は本当だろうと思った。明日香のことで何かあったっぽい。けど、朝に麻耶香から、普通に学校へ行くために家を出たと聞いていた。
「普通じゃなかった?」
僕が淡々と尋ねると、麻耶香はこくりとうなずく。
「普通、じゃなかった……」
麻耶香の返事は、今にも消え入りそうな弱々しい語気だった。
「明日香は、昨日の夜から目が合うたびに、わたしのことを睨みつけていた。いつもはそんなんじゃないのに……。わたし、明日香に嫌われるようなことをしたのかなって」
悲しそうに話す麻耶香は、いつの間にか瞳を潤ませ始めていた。よほど、妹に嫌われたかもしれないということが、ショックだったらしい。
「妹さんに嫌われちゃったかー」
「春井さん」
「まあまあ。誰にだって、人から嫌われることはあるよ」
「でも、間戸宮さんの場合は家族、しかも、妹さんだから、その、そういう言葉は……」
「つまりは、妹さんから本当に嫌われてるかどうか、知りたいんでしょ? 麻耶香は」
僕の言葉を受け流す感じで、横にいた春井は麻耶香に顔を近づける。
「でも、その、何というか、話しかけるのも拒むような雰囲気で……。昨日の夕ご飯の時は、一言も口を聞いてくれなかった」
「そっか……。じゃあ、あたしたちが話を聞いてみる?」
「川之江くんも?」
「えっ? 僕?」
「そうだよ、彼氏さん。ここは彼女の悩みを解決してあげないと」
「いや、ちょっと待って。今、『あたしたち』って言ったよね?」
「まあ、あたしもついていくけど、メインは川之江くんだよね?」
「そのメインっていう意味がわからないんだけど……」
僕は戸惑うも、春井は、「まあまあ」と言いつつ、僕の肩を叩いてくる。どうも、明日香と直接会えという天使様のご指示らしい。あまり渋りすぎたら、何をやられるのかわからない。人間ではないと知っていることから、漠然とした不安や怖さが内心で浮かんだ。
「川之江くん、額から、汗が出てるよ」
「えっ? ああ、多分、ここがちょっと暑いからかな」
僕はうっすらと出てきた汗を手で拭い、もう片方で首筋を仰ぐ。よほど、春井からのプレッシャーみたいなものが体の反応として現れたらしい。
汗を教えてくれた麻耶香は僕の方を見つつ、オレンジジュースを飲む。
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。とりあえず、妹さんの様子、見てみようか」
「別に、川之江くんが無理して、明日香に会わなくても」
「いいよいいよ。それに、いずれは僕も挨拶というか、会って損はないから」
「川之江くんがそう言うなら……」
麻耶香は心配そうな表情を向けてくるも、明日香に会わせることを止めようとはしなかった。
「じゃあ、行こっか?」
「春井さん、その、ポテト、まだ残ってるけど」
「それ、あげる」
「いや、僕はそんなにお腹空いてないし」
「いいからいいから」
席から立ち上がっていた春井は、フライドポテトがあるプレートを僕の方へ渡してきた。
「麻耶香も」
「わたしはまだ、飲み終わってない」
「善は急げって奴だよ」
春井はなぜか、妙に急かしてくる。
「別に、間戸宮さんの妹さんがいなくなるわけじゃないし」
「川之江くん」
急に、春井が僕を呼んだ。
「何?」
「95%」
久しぶりに聞いたような錯覚を覚えたのは、別におかしいことじゃなかった。
「まさか、だよね?」
「リタ、だっけ?」
耳にしたことがある名前に、僕は手にしていたコーヒーの紙コップを落としそうになった。持ってきたガムシロップやミルクを使わずに飲み干そうとしたタイミングで。
「りた?」
「会ったの?」
「たまたまね」
春井は答えると、学校の鞄をリュックのように背負った。
「川之江くん。ポテトとか、持って帰る? とりあえず、あたしとしては、急ぎたいんだよね」
春井はいつの間にか取り出したスマホの画面を目にしつつ、声をこぼした。どうも、時間を気にしているらしい。
「もう、出るの?」
麻耶香が僕と春井の方へ視線を順に動かしつつ、問いかけてきた。
対して、僕は。
「とりあえず、店員に持ち帰り用の袋をもらってくるから、ちょっと待ってて」
と言葉を残して、店内のレジカウンターへ走っていった。
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