第41話 モヤモヤをスッキリさせることはいいことだとは思う。

「それで、特に追いかけたりもせずにスーパーへ行ったんだ」

「まあ、うん」

 翌日の休み時間。僕は体育館の裏で、昨夜のことを横にいる春井と話していた。お互い壁に寄りかかる形で。

 後ろでは気怠そうな生徒らの声が聞こえてくる。おそらく、次にある体育の授業とかで、準備を手伝わされているのだろう。

「何はともあれ、麻耶香の妹さんが生きててよかったね」

「それはまあ……」

「ぼんやりとした反応だね。もしかして、生きててほしくなかった?」

「違う違う!」

 僕はすぐにかぶりを振った。

「生きてて、逆にホッとしてるぐらいだから。あの後、本当に自殺とかしてたら、僕としては罪悪感が」

「そうだね。そうなったら、川之江くんが助けられなかったってことになるからね」

 春井は言うなり、僕と目を合わせた。

「というより、川之江くんも生き延びることができたんだね」

「そういえば、そう、だね」

 僕は口にしつつ、おもむろに両手を見てみた。本当なら、昨日の夜、明日香に襲われ、生死の境をさ迷うことになっていたかもしれない。

「麻耶香の妹さん、死ぬ勇気は持ち合わせていなかったみたいだね」

「そもそも、間戸宮明日香は本当に死ぬ気だったのか、わからないけど」

 僕は言葉をこぼすなり、朝の登校時、麻耶香と一緒だったことを思い出した。

 麻耶香に対して、僕は明日香のことを何気なく尋ねてみた。そしたら、普通に学校へ行くために家を出たとのこと。僕は安堵のため息をするなり、なぜ、自殺しなかったのだろうと不思議に感じた。夜中に麻耶香のスマホを使ってまで、僕を呼びつけた理由がわからない。まさか、姉の恋人を見定めるためだったのだろうか。

「ハッピーエンドだね」

「ハッピーエンド?」

「だって、麻耶香は好きだった人と付き合うことができて、川之江くんは無事生存して、加えて、麻耶香の妹さんは自殺せずに済んだんだよ? 他人から見れば、よかったよかったっていう形に見えると思うよ」

「何だか、変なハッピーエンドだよね。それだと」

「何で?」

「だって、間戸宮明日香は、姉さんのことが好きだから」

「好きって、恋愛的な意味で?」

「そう」

「そうなんだ。麻耶香、妹さんに好かれてるんだね」

 春井は何回もうなずいていた。

「で、川之江くんは麻耶香のこと、好き?」

「そ、それはもちろん、うん」

「へえー。それはよかったね」

「何が言いたいの?」

「別にー。お互いに納得した上で付き合い始めたのなら、天使としてのあたしは文句ないよ」

 春井は声を漏らすと、壁から背中を離した。

「問題は妹さんだね」

「間戸宮明日香?」

「そう。何で自殺しなかったのか気になるしね。麻耶香は何にも知らなそうだし」

「確かに、そうだね」

「というより、自殺しなかったのが不気味なくらい」

 春井は僕と目を合わせた。

「何か、第三者が介入したような感じみたい」

「第三者?」

「うん。だって、わざわざ、川之江くんに殺すよう頼んでまで、死ぬ気満々だった彼女が、今日普通に学校に登校してるんだよ? 変だと思わない?」

「それはそうだけど……」

「あたし、ちょっと調べてみようかなって」

 春井は声をこぼすと、僕から距離を取った。

「調べるって、どうやって?」

「簡単だよ。間戸宮明日香に直接聞けばいいんだから」

 当然のように言う春井に対して、僕はすぐにどう答えればいいかわからなかった。

「僕はまあ、特に気にしてないから、その」

「何言ってんの? 川之江くんも一緒に来ないと」

 頬を膨らませた春井に対して、僕は自分の顔を指差す。

「僕が?」

「そう。じゃなきゃ、何も話できないよ」

「いや、僕がいることによって、かえってまずいことになったりしないかなって」

「そこは、あたしは天使だから」

 そこそこある胸を張る春井に対して、僕は戸惑ってしまう。

「そこで、天使という理由を出されても……」

「大丈夫、大丈夫。いざとなったら、川之江くんのこと、守ってあげるから」

「その、いざという事態は避けたいんだけど」

「まあまあ。とりあえずは聞いてみよ。川之江くんだって、気になってるでしょ? こういうモヤモヤは早くスッキリしないと」

 春井の前のめりな話し方に、僕はもはや抗う気力がなくなってしまった。いざとなったら、何とかしてくれるということを信じて。

「わかったよ」

「よし、決まりー。なら、放課後、間戸宮家に行ってみようー」

 春井が握りこぶしを頭上に掲げるので、僕も遅れて、同じことをする。といっても、遠慮がちな感じで、春井から、「声が小さい!」と突っ込まれてしまった。

 休み時間終了のチャイムが鳴ったのは、そのすぐ後だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る