第40話 情けない男

「というわけで、わたしは自殺します。邪魔しないでください」

「いや、ちょっと」

 僕は立ち去ろうとする明日香の腕を思わず掴んでしまった。

 対して、彼女は睨みつけてくる。

「何ですか。離してください」

「ここはもうちょっと、冷静に話そうかなって」

「無駄です」

「でも」

「無駄です」

 明日香の強い声音に僕は気圧されそうになった。

「そもそも、わたしが死んでも、あなたはまったく困らないはずです」

「そんなわけないって」

「じゃあ、何ですか。わたしは姉さんの妹だからですか。恋人の妹だからですか」

「とりあえず、落ち着いて」

「あなたはさっきから、わたしをただ、とりあえす死んでほしくないという中途半端な気持ちしかないように見えます」

 明日香の言葉に、僕は自然と握る手の力を弱めてしまった。

 図星だ。

 僕はそう、明日香にとりあえず死んでほしくないという気持ちだ。真剣に、明日香へ生きてほしいと伝えているわけではない。せいぜい、麻耶香が悲しむだろうと思うだけだった。僕は偽善者だなと軽く感じてしまう。

「諦めるんですか?」

「『邪魔しないでください』と言った君のセリフじゃないよね」

「情けない男だと思っただけです」

 明日香は僕の手を振りほどき、急に握りこぶしを作り、僕の腹を殴った。

「ウッ」

 僕は腹を抱えると、体がぐらついた。

「女だからと思って、甘く見ていたみたいですね」

 明日香は言うなり、ゆっくりと歩き、場から離れていく。捕まらないという自信があるのだろうか。というのは、僕をバカにしているみたいだ。

 でも、僕は追いかけようとせず、ただ、どうすることもできなかった。

「間戸宮明日香の言う通り、僕は『情けない男』なのかもしれない」

 僕は口にしてみるも、返事はどこからもなかった。当然だ。僕以外、近くに誰もいないのだから。

 もはや、母親の買い物に行く気すら、失せてしまっていた。

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