第39話 今日はそういう気分。

「もし、僕が君を殺せないって、断ったら?」

「その時は自殺します」

 顔を上げた明日香の答え方は、冗談っぽさがなかった。

「どっちにしても、君は死ぬ気なんだね」

「悪いですか?」

「いや、悪いというか、かといって、いいというわけでもなくて……」

「曖昧ですね」

「言いたいのは、恋に破れたということだけで、すぐに死へ先走るのはどうなんだろうって」

「それって、わたしがやろうとしてることを悪いと結局思っていますよね?」

「まあ、そうなるよね……」

 僕は口にしつつ、明日香を直接悪いと言い切れなかった自分を悔やんだ。僕がよくないとかで決めつけることにより、彼女が変なことをしないか不安だった。だから、中途半端な反応をしてしまったのだ。でも、どちらにせよ、明日香は死のうとするかもしれない。ならば、死のうとするのは悪いと言い切り、説得みたいなことをすればよかった。

「とりあえず、わたしが死のうとしていることに対して、あなたが完全に賛成していないことだけはわかりました」

「どうするの?」

「どうもこうもありません。あなたがわたしを殺すことに対して、何らかの抵抗があるようですから、自殺するしかありません」

「もう少し考え直すとか」

「ありません」

 明日香ははっきりと口にした。

「先ほどもお話ししたように、姉さんの恋人になれない人生なんて、生きていてもしょうがないです」

「生きていれば、いいことぐらい」

「しつこいですね」

 明日香の鋭い視線が僕の方へ向けられる。

「これ以上、わたしを説得するようでしたら、あなたを道連れにします」

「それだけは勘弁してください」

「なら、わたしに対して、死ぬことを止めるようなことは言わないでください」

 強い語気の明日香に対して、僕は「ごめん」と声をこぼし、頭を下げてしまった。

「謝らないでください」

「ごめん」

「また謝ってます」

「多分、その、僕の癖かもしれない。とりあえず、謝れば,事が済むだろうっていう面倒くさがり屋な自分の悪いところかも」

「最低ですね」

「ごめん」

 僕が複数回使っている言葉に対してなのか、明日香はため息をついた。

「姉さんと付き合う相手としては、がっかりですね」

「妹さんに認めてもらえないってのは、ちょっと……」

「ちょっととは、何ですか?」

「間戸宮さんには、『僕と一緒に改めて』君に付き合うことを話すとか言っていたんだけど、先に君へそのことを早く受け入れてもらった方が何も揉めずに済むのかなって」

「わたしに、あなたと姉さんの交際を認めろって言うのですか?」

 明らかに納得しなさそうな問いかけに、僕はわずかに首を縦に振った。

「困った人です。あなたは」

 明日香は言うと、両手をスカートの後ろに当て、僕の周りを歩き始めた。全身を舐め回すようにじっくりと見つつ。

「こんな人が姉さんと交際するんですか。わたしは反対です。今のは、姉さんを奪われたっていう恨みで言った意味じゃないです。あくまで、妹の立場としての意見です」

「それは手厳しいね」

「手厳しいも何も、わたしの家は色々と厳しいです。毎日門限がありますし」

「何時?」

「今は六時です」

「でも、今はとっくに過ぎて」

「一応、わたしは自分の部屋で勉強しているということにしています」

 明日香は淡々と口を動かした。

「ですから、門限のことは気にしなくてもいいです」

「それって、勝手に外へ出てるってことだよね? 明らかに門限破りじゃ……」

「今日はそういう気分なんです」

 明日香は僕と正面を合わせたところで、足を止めた。

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