第26話 新たな選択肢へ。

 気づけば、僕は明日香に刺された住宅街の路地で立っていた。

 けど、状況が違う。

 まずは空が明るい。曇りがちなものの、見たところ、昼から夕方の間くらいといった感じだ。先ほどまでは夜中だった。

 後は周りに人がいない。明日香や麻耶香、美々もいなかった。サイレンの音も聞こえない。もちろんと言うべきか、近くにパトカーや救急車は止まっていない。

「どういうこと?」

 そして、僕の格好は制服で学校の鞄を肩に提げている。まるで、学校からの帰りみたいだ。

「というより、今って、まさか、放課後?」

「気づいた?」

 と、聞き慣れた声が耳に届く。

 僕は周りに視線を動かす。

 けど、誰もいない。

「残念だけど、わたしはそこにいないから」

「リタ?」

「とりあえず、落ち着いた?」

「落ち着いたって、それはまあ、落ち着いたと言えば、落ち着いたかも」

「なら、今からわたしの話すこと、聞いてて」

「話?」

 僕は聞き返すも、リタは間を置きたいのか、すぐに返事がなかった。どうも、僕に何か大切なことを教えようとするかのようだ。

 にしても、実際はリタという人間、じゃなくて死神が目の前にいるわけでない。いわゆるテレパシーだろうか。耳からは確かに、彼女の声が聞こえてくるのに。

「まず、君が今いる時間は、間戸宮明日香と初めて出会う前日の午後三時四十二分」

「えっ?」

 僕は意味がわからず、間の抜けた声をこぼしてしまっていた。

「それって、タイムスリップ?」

「うーん、ここでの言い方なら、タイムリープという言葉の方が合ってるかも」

「そうなんだ」

 僕は口にしつつも、リタが伝えた内容を飲み込めずにいた。

 明日香と出会う前日となると、ざっと、数週間前になる。

 明日の放課後、校門前で「死んでください」と淡々としたか細い声を聞くことになるのか。

「って、何で、そんな前に?」

「それ以前に、君って、ナイフを刺されたはずなのに、何ともないとか、思わないんだね」

 リタの指摘に、僕は今さらながら、お腹をさすった。傷がない。もちろん、痛みもなかった。

「もしかして、リタが助けてくれた?」

「『助けてくれた』って言われるほどのことを、わたしがしたつもりはないけど」

「でも、あの後、僕って、本当は死ぬはずなんだよね?」

「君って、けっこう、痛いところを聞いてくるんだね」

 リタのため息混じりな声が僕の耳に聞こえてきた。

「君と初めて会った時、色々と選択肢を出したけど」

「そうだね」

「今回はわたしの方で、『過去に戻る』っていう選択肢にしたから」

 リタの言葉に、僕はその時のことを思い出した。確か、複数の選択肢を示してくれた。

一つ目の選択肢は「あの世に行く」

二つ目の選択肢は「異世界に転生する」

三つ目の選択肢は「過去に戻る」

四つ目の選択肢は「生き返る」

「『あの世に行く』じゃないんだね」

「君は早く死にたいの?」

「そういうわけじゃないけど、じゃなくて、違います」

「死神のわたしとしては、本当なら、あの世に連れて行きたいんだけど」

「間に合ってます」

「何が間に合ってるかわからない」

 リタの反応に、僕は内心、ホッとした。リタはリタのままだ。本来の死神なら、僕はとっくにあの世へ旅立っている気がする。

「とりあえず、ありがとう」

「お礼はいい。というより、わたしの死神としての立場が色々と危うい」

「それは、大変だね」

「そう思うなら、今からでもあの世へ連れていくことはできるけど?」

「結構です」

「そう言うと思った」

 リタの声からは、僕のことを色々と知ってるかのような感じがあった。実際は会ってから、数週間ぐらいしか経っていないのに。

「とにかく、わたしは君を数週間前にタイムリープさせた」

「僕に興味があるからとか?」

「だったら?」

「いや、何でもないです」

「大丈夫。茶化されて、それで怒って、地獄に連れて行ったりしないから」

「僕って、死んだら、地獄行き確定なんだ……」

 僕は肩を落とした。仮に、リタの冗談だとしても、死神という相手から聞いたとなると、現実味がある。

「それはいいとして」

「僕的にはけっこう重要なんだけど」

「近くに誰かいるから」

「近くに?」

 僕はすかさず、周りに視線を動かした。

 視界からは、いつも通る放課後の変わりない住宅街の路地しか映らない。

「リタ、誰って、誰?」

 僕は呼びかけてみるも、反応がなかった。

 どうやら、リタとのやり取りは、糸が切れたかのように唐突に終わりを迎えたようだった。

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