第20話 奇跡を起こすには、強運の持ち主を呼ぶしかない。

「まあ、今回ここに呼んだのはさ、川之江が記憶喪失しているというのがウソかどうかを確かめたいのが本題じゃなくてさ。どっちかと言えば、それはついでに聞いたわけでさ」

「川之江くんを襲った犯人を捕まえるために、どうすればいいかなあって思って、こうして集まったんだよね」

 春井は言うなり、コーラを飲み干すと、空になったコップを持ち、席を離れる。僕たちはフライドポテトなど、適当なものを頼んで、つまんでいた。今はそれぞれのコップだけになり、フリードリンクでテーブル席に居座っている形だ。

「で、妹はどうだったんだ? SNSでは大丈夫そうだったけどさ」

「うん。普通に学校から帰ってきて、むしろ、僕のことを心配されたかな。『朝あったことで、お兄ちゃんが叱られるようになったのなら、ごめんね』って」

「そうか。優しい妹だな」

「過去の記憶はないんだけどね」

「本当に記憶喪失になっているかは怪しいけどな」

 東郷は本当に僕のことを疑っているらしい。いや、当たっているのだけど、打ち明けるわけにはいかない。リタが見逃してくれるなら、別だけど。

「心当たりはないのか?」

「心当たり?」

「ああ。記憶喪失かどうかは別としてさ、事故に遭って、目を覚ましてから、怪しそうな人物が周りにいなかったかどうか」

 東郷の問いかけに、僕はすぐにひとりの人物が思い浮かぶ。

「間戸宮さんの妹、かな……」

「やっぱりな……」

 東郷は納得のいったような表情をした。

 と、春井がコップに中身を入れて、戻ってきた。色から察するに、メロンソーダだ。

「あれ? もう、色々と話してる?」

「やっぱりさ、間戸宮の妹だとさ」

「そうなんだ、川之江くん」

「うん、まあ」

 僕はこくりとうなずく。

 明日香は僕が目を覚ましてからも、二度現れた。一度目は病院で、次は今朝の校門前だ。いずれも、「姉さんをたぶらかしていました」「死んでください」と言ってきている。事故の前と変わっていない。加えて、「わたしがあなたを襲って、それから逃げてる途中に車に跳ねられたんです」とも。あくまでだとしたらという話だが、覚えている僕にとっては、思い出すと、苛立ちが募ってくる。

「だよねー。麻耶香の妹さん、家に行った時、態度ひどかったもんね」

「そうなのか?」

「まあね。まあ、麻耶香の妹さんはあんな感じと思えば、慣れちゃうけど。だけど、川之江くんを襲ったかもしれないとなると、話は別だね」

「僕はあくまで、そうかなって思っただけで」

「そうかなと思わせるだけ、怪しいってことだろ?」

 東郷は口にするなり、コーヒーを飲み干す。

「でさ、これは川之江と相談なんだけどさ」

「相談?」

「ああ。犯人をおびき出すようなことを手伝ってくれないかと思ってさ」

「それって、僕がおとりになるってこと?」

「気乗りしなきゃいいんだけどさ。というより、ダメ元でお願いしてみたってところだな」

「だね。あたしや東郷くんは近くで見張って、犯人が現れたら、すぐに助けるから」

「まあ、今日は急すぎるから、明日からやりたいと思っててさ」

 東郷の言葉に、僕はそれじゃあ、ダメだと感じた。

「今日」

「今日って、まさかだけどさ、この後、俺が今言ったことをやってもいいっていうのか?」

「うん」

 僕は躊躇せずにうなずいた。明日は多分、ない。なぜなら、僕は明日香に襲われて死ぬ確率が非常に高いからだ。95%の確率。だから、残り5%の奇跡を起こすためには。

「ちょっと、もうひとり呼んでいい?」

「もうひとりって、誰だ?」

「僕の妹」

 僕は言うなり、持っていたスマホで、美々に電話をかけた。

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