第21話 突然の電話は誰でも驚く。

 薄暗い住宅街の路地。所々電柱の灯があるとはいえ、人の通りがないと、頼りなかった。

 僕はスマホを片手に歩いている。

「お兄ちゃん、本当に出てくるの?」

「うん。何となく、そんな気がする」

 電話の相手は離れたところにいる美々だ。近くには東郷や春井がいるはずだ。

 いる場所は、僕が明日香に襲われたところだ。ナイフ片手に現れ、僕の首筋に刃先を当ててきた。あの時は本当に殺されるかと思った。今は何とか生き返ったものの、現時点で、僕はまた、明日香に襲われる可能性が高い。死神のリタ曰く、95%の確率で僕は殺される。

 でも、高確率の死を逃れる方法はある。

 妹の美々だ。

 美々は、リタからは強運の持ち主という人間らしい。なので、僕の近くにいれば、5%の確率で助かるという奇跡を起こせるかもしれないのだ。

 だから、僕は東郷や春井の犯人をおびき出す作戦に、美々を呼んだ。

「お兄ちゃん、気を付けてね」

「うん」

 僕がうなずくと、電話の相手が変わった。

「ざっと周りを見たところさ、誰も出てきそうな感じがないんだよな」

 東郷がおもむろに声をこぼす。僕は「そうなんだ」と相づちを打った。

「川之江さ、その、何だ。どうして、今日犯人が現れるかもしれないって思ったんだ?」

「何となく、その、直感みたいなものかな」

 僕はリタから聞いたとは言えず、適当にごまかした。

「直感か……」

「いいんじゃない? どうせ、手当たり次第、犯人を見つけようと思ったんだから」

「そうだけどさ、まあ、今日出てこなくても、明日もまたやればいいか」

 春井の声に対して、東郷が無理やり納得しようとする調子で言う。

 まあ、いい。

 僕としては、リタから、明日香に襲われることは確実という情報は得ている。後はどう、対応するかだ。

 近くの灯を照らしている電柱前で、僕は足を止めた。

「東郷、くん」

「今さら、君付けしなくてもいいと思うけどな」

「じゃあ、その、東郷」

「おう」

 東郷は何も気にしないような素振りで返事する。

「僕がその、記憶喪失じゃないって思ったのは何で?」

「何でって、まあ、見てれば、何となくそう思っただけだ」

「何となく?」

「ああ。それなりによく一緒にいたからな。春井は俺がそう思ってると話したら、『まあ、そうかもしれないねー』と言ったけどな」

 東郷が口にすると、「何となくねー」と言う春井の声が聞こえてきた。

「まあ、川之江は頑なに記憶喪失じゃないと言い張るみたいだからさ、それはそれで、何か理由があってしてるんだろうなと思った」

「東郷……」

「だからさ、とりあえずは、今日、川之江を襲った奴が出てこようと出てこなかろうと、とりあえずは、今やってることはお互いに続けていこうと思ってるからな。その奴が出てくるまでさ」

「だね」

「じゃあ、とりあえず、切るぞ」

「うん」

 僕がうなずくと、電話が切れたので、スマホをズボンのポケットにしまった。

 果たして、明日香が出てくるだろうか。

「できれば、出てきてほしくないんだけどね……」

 僕は弱い語気で言葉を漏らすと、苦笑いを浮かべた。

 生き続けるのも大変だ。

 僕はため息を漏らした。

 と、僕のスマホが震えた。

 美々かなと思いつつ、電話に出れば、相手は違った。

「彼女は出ないよ」

「リタ?」

「うん。急に君のスマホに電話かけて申し訳ないけど」

「それはいいけど、今の、『彼女は出ないよ』って? もしかして、僕は助かったの?」

「そうじゃない」

 リタの口調は淡々としていた。

「君は95%の確率で彼女に殺される」

「でも、美々が」

「強運の持ち主はここにいても、効果はない」

「何で?」

「なぜなら、彼女はここに現れないから」

「それって、後でどこかで、僕がひとりになったところを襲ってくるってこと?」

「そんなところ」

「でも、家に戻る時は美々と一緒だし……」

「そこは運命のいたずらで、妹とは別れて、ひとりになる」

「そんな……」

 僕は危うく、スマホを落としそうになった。

「じゃあ、どうすれば……」

「考えて」

「『考えて』って、そんなこと言われても」

「わたしが助言できるのはここまで。これ以上すると、死神としての立場が危ない」

 リタの声から、わずかに焦りが感じられた。

「だから、頑張って」

「頑張ってって……」

「ごめん」

 リタは言うなり、電話を切ってしまった。

 僕はスマホを手にしつつ、足元を見た。

「とりあえずは、美々と今日、離れなければいいんだよね」

 強運の持ち主、美々と一緒にいれば、助かる確率は高くなる。

 僕は意を決すると、場を離れ、美々らがいるところへ向かった。

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