第19話 やっぱり、ウソをつき続けるというのは、簡単なことじゃない。
夜。
僕は近所のファミレスにあるテーブル席に座っていた。
「何だか、今の川之江くんって、必死になって、記憶喪失を演じてるみたい」
目の前には、クラスメイトの春井が頬杖を突きつつ、コーラをストローで飲んでいた。ベリーショートカットの髪型は変わっていない。上はシャツを着ており、胸の膨らみがわかる感じだ。
「だよな。俺もそう思うんだよな」
横にいる東郷が口を揃える。
一方の僕は、背筋に冷や汗が出るほど、緊張を強いられていた。
どうやら、東郷と春井は、僕が記憶喪失だということを疑っているらしい。
なので、色々と質問攻めにあったが、僕は何とか乗り切っていた。春井からは、「麻耶香の家に行ったはず」とか、東郷は「事故の直前に電話した」とかだ。もちろん、どちらも事実で、僕は覚えているけど、記憶がないと答えた。
「『記憶がない』なんて、政治家が言うことだよねー」
「春井って、そういうの詳しいんだな」
「別に、ニュースとかでたまたま聞いただけ」
「まあ、それにしてもさ、怪しいんだよな」
東郷は言いつつ、僕の方をじっと見る。
ちょっと待って。もしかして、僕は記憶喪失というウソがばれて、死んでしまうのか。リタが話していた、明日香に襲われるというのは違うのだろうか。
僕は今の状況をどうするべきか、考える。
「と、ところで」
「あっ、話を変えようとする」
「だから、その、知りたいことがあって」
「何だ? 俺たちがいつから、川之江のことを疑ってるってことか? それはまあ、退院後に学校来てからだな」
東郷の言葉に、一瞬、「早すぎるって」と突っ込みそうになったが、寸前で堪えた。
「違う。そうじゃなくて、僕がその、記憶喪失になったきっかけの事故なんだけど……」
「事故か……」
「事故ねー」
東郷と春井はどこか、不満げな調子で言う。
「事故、じゃないの?」
「一応、事故ってことになってるけど、実際はそうじゃないよねー」
「そうだな。というよりさ、聞いてないのか?」
「聞いてないって何が?」
「妹からさ」
「特に何も」
「それじゃあ、隠してるんだな」
「そうだねー。まあ、そんなこと言ったら、記憶喪失になっているお兄ちゃんを混乱させるかもしれないからねー。本当に記憶喪失だったらだけど」
「だから、僕は本当に」
「まあまあ。何か事情があるのなら、それはそれとして」
「だから、僕は記憶喪失なんだって」
「わかった、わかった」
春井が適当そうに返事する。絶対にわかっていない。
「川之江は事故に遭う前、誰かに襲われたんだよ」
「襲われた?」
「ああ。それで、たまたま通りかかった川之江の妹が見つけて、何とか、相手から逃げ出すように助けたんだと。けどさ、川之江は相手に追いかけられて、それで、逃げ切ろうとして、車道に出たところを車に撥ねられたんだと」
東郷は話し終えると、そばにあったコーヒーカップを手に取り、中身を啜った。砂糖やミルクを入れてないところから、ブラックか。僕も間戸宮姉妹とファーストフード店で会った時に飲んだけど、ダメだった。
「どうしたんだ?」
「いや、その、苦くないのかなあって」
「こういうのは、慣れれば、おいしく感じるものだからな」
東郷はコーヒーカップを受け皿に戻した。先ほど入れてきた時より半分くらい減っている。
「犯人、見つからないよな?」
「そうだねー。警察も色々と捜してるみたいだけど、何せ、目撃者が川之江くんの妹さんだけだもんねー」
残念そうな表情をする春井に対して、僕はどう反応すればいいか、戸惑う。
犯人は明日香だ。
でも、言ったところで、僕が記憶喪失じゃないのがばれてしまう。思い出したといった形でなら、自然な流れになるかもしれない。けど、死神としてのリタは、僕をあの世へ連れていってしまうだろう。
「死神としてってなると、そうなるよね……」
「川之江?」
「ううん、何でもない」
僕はかぶりを振る。
「あたし、記憶喪失になってるかはわからないけど、川之江くんをこうした犯人、捕まえたいんだよねー」
「それは俺も同意見だけどな」
春井と東郷はうなずき合う。
「川之江はどう思うんだ?」
「どう思うって、そもそも、僕は本当に」
「誰かによって、結果的に、車に撥ねられたことは、紛れもない事実だよ」
春井が真剣そうな眼差しを送ってくる。犯人をどうにかして捕まえたい気持ちが伝わってくるかのようだった。
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