第18話 友人っていうのは、いいもんだ。
「そういえば、妹、大丈夫だったのか?」
「うん。さっき聞いてみたら、『大丈夫』って返事があったから」
僕は言うなり、放課後の帰り道、横を歩く東郷にスマホの画面を見せる。美々とやり取りしているSNSのアプリで、うさぎが親指を立てている絵があるはずだ。
「それなら、安心だな」
「間戸宮さんの妹、だっけ?」
「ああ。姉の方はクラスだと、まあ、ゆるふわな感じだな」
「ゆるふわ?」
「まあ、あれだ。おっとりしてる感じだ」
東郷が照れ臭そうに話す。僕は麻耶香のことを知っているので、そう伝えてくるのかと新鮮味を覚えた。
麻耶香とは、事故前にファーストフード店で会って以来、まともに話してない。
彼女も、僕の方へ視線を向けたりするけど、近づいたりはしない。記憶喪失ということもあって、どう声をかければいいか戸惑ってるようだった。
「その子さ、川之江のこと、好きだったみたいだけどな」
「過去形だね……」
「別に、記憶があった時にフラれたとかじゃなくてさ……」
東郷は言いつつ、さらにどう話せばいいか考えてなかったらしく、困ったような顔をした。
「気にするな」
「そこまで言われると、気にするんだけど」
「気にするならさ、川之江を今のようにした奴を気にした方がいいと思うけどな」
「えっ?」
さりげない言葉に、僕は聞き流すことができなかった。
「それって、僕が車に跳ねられる原因を作った人がいるってこと?」
「聞いてないのか?」
「聞いてない」
「だとしたら、これって言っちゃいけない奴だったのか」
東郷は額に手のひらを置きつつ、まずそうな表情を浮かべた。
「いいか、川之江。このことは俺から聞いたとか言うなよ」
「言っても、死んだりしないと思うから、大丈夫だよ」
「まあ、そうだけどさ」
僕の場合は、記憶喪失なんてなってないことを口にした時点で、死んだりするけど。
「これはさ、噂で聞いたんだけどさ」
東郷は僕の耳元で囁いた。
「何でもさ、川之江の妹が、ナイフで刺されそうになっていたお前を助けたらしい」
「そう、なんだ」
「で、川之江は、妹がナイフを刺そうとした奴の気を逸らした隙に逃げたらしい」
「それで?」
「で、逃げるのに夢中で、途中、車に跳ねられたんだとさ」
「へえー」
僕は覚えてることを改めて聞かされて、自分の記憶を再認識した。
「それで、その、ナイフを刺そうとした人は?」
「現場から立ち去ったらしいな。川之江の妹も姿までは見てなかったらしい」
僕はうなずきつつ、ナイフを刺そうとした明日香のことを思い出す。彼女だということは皆、知られていないらしい。
「そういえばさ」
東郷がおもむろに僕へ目を合わせる。
「上西と何話してたんだ?」
「まあ、ちょっとね……」
僕が上手いウソをつけずにいると、東郷は「そうか」と言うだけだった。気にはしないということにしてくれたらしい。
「後さ、夜、時間空いてるか?」
「夜?」
「ああ」
東郷のうなずきに、僕はどうするか困った。今夜となれば、明日香が僕のことを襲ってくるかもしれないタイミングではないか。確率95%で僕が死ぬという。防ぐためには、強運の持ち主、妹の美々と一緒にいるしかない。なのに。
「ちょっと、考えさせてもらってもいい?」
「どうしたんだ?」
「ちょっと、その、色々あって」
「何だか大変そうだな」
「ちょっとね」
僕は返事するなり、曖昧な感じでごまかしてることが申し訳なかった。東郷は、夜遊びに誘うような人じゃないはずだ。
「ちなみに、夜って?」
「まあさ、川之江が記憶喪失になったことで、ちょっと話をしたくてさ」
「ここじゃ、ダメってこと?」
「まあな。それに、そういう話は俺以外にしたい奴がいるからさ」
東郷は真剣そうな口振りだった。
もしかして、僕にナイフを刺そうとした人物が明日香だとわかっているのではないか。
僕は気になってきて、自然と口が開いていた。
「夜、行くよ」
「いいのか?」
「その、記憶喪失になったことは、自分としては当たり前だと思うけど、すごい気になってるから」
「だよな」
東郷は言うなり、僕の肩を軽く叩いた。
対して僕は、東郷を友人に持って、よかったなとしんみりと思った。
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