第16話 確率が低ければ、それは全て奇跡と言い切っていいのかどうか。

 昼休み。

 僕は屋上に続くガラス扉前の階段に座り込んでいた。できれば、外に出たいところだけど、当然のごとく、鍵が閉められていたからだ。

「人気がないね、ここ」

 で、僕の前には、リタが辺りを見回しつつ、立っていた。背中まで伸ばした黒髪が、顔を動かす度に揺れ動く。

「それで、休み時間に聞いた話なんだけど」

「このまま何もしないと、君は死ぬ」

「それって、僕は彼女に殺されるってこと?」

 僕の問いかけに、リタはこくりとうなずく。

 明日香に殺される。今朝見た夢が本当に起きてしまうというのか。だとしたら、僕は何のために生き返ったというのか。明日香に誤解を解き、麻耶香が僕のことを本当に好きなのかどうか、知りたいからだ。とはいえ、それらが済めば、死んでもいいと思わない。やはり、生き続けたい。今のように、記憶喪失というウソをつき続けてもだ。

「僕が死ぬっていうのは、いわば、死神の勘みたいなもの?」

「前にも言ったと思うけど、天気予報士みたいなものかな。つまりは、死ぬかもしれないっていうのは、一種の自然現象を予知するようなもの」

「じゃあ、予報なら、僕が死ぬ確率は必ず絶対じゃないってこと?」

「まあ、そうだけど」

「確率としてはどれくらい?」

 僕が尋ねると、リタは間を空けてから、目を合わせてきた。

「95%」

「それって、ほぼ必ず絶対だよね?」

「でも、5%の確率で死は逃れることができるかもしれない」

「なら」

「でも、こういうのって、ここでは、『奇跡』って言うようなものかも」

 リタの言葉に、僕は肩を落とす。

 奇跡だなんて、普通の人間が簡単に起こせるものじゃない。

「リタは、僕がいつ、どこで、どういう風に、明日香に襲われるか、具体的にわかったりする?」

「それはちょっと……。でも、夜、君が油断してる時に襲ってくるっていうことだけはわかる」

「けっこう、曖昧な表現だよね、その説明」

「ちなみに、夜は今日の夜」

「えっ?」

 僕は驚いて、間の抜けた声をこぼしてしまった。

「それって、ヤバいよね?」

「ヤバいね。君にとっては」

 リタは階段近くの壁に寄りかかった。

「本当だったら、彼女は朝にでも、殺したかったかもしれない」

「ウソでしょ?」

「確率10%で、君は今朝死ぬ可能性があったから」

 リタの声に、僕は何も返事することができなかった。

 確率10%の死を免れたというのに、今度は確率5%の奇跡を起こさないといけないのか。

 頭を抱えそうになった僕に対して、リタは歩み寄るなり、肩を優しく叩いた。

「死ぬ可能性があった朝を乗り越えたのは、ちゃんと理由があるから」

「理由?」

「川之江美々」

「美々が?」

 突然出てきた妹の名前に、僕はどうしてだかわからなかった。

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