第15話 クラスに溶け込むのは、人によっては容易じゃない。
午前の休み時間。
僕が自分の席でぼんやりしていると、見知ったクラスメイトが近づいてきた。
「よ、よお」
「あっ、うん……」
僕は友人の東郷に声をかけられ、ぎこちない反応をしてしまった。
身長は男子でも高く、スポーツ刈りの彼は、どこか頼りがいのある存在だ。僕は入学式でたまたま席が隣同士で仲良くなった。間戸宮姉妹の家に行こうとした時にわからず、助けてくれたりもした。
けど、今は僕が記憶喪失という状態なので、気さくに話すことができない。東郷はそのことを意識してか、次に出す言葉が思いつかないらしい。間が空いていた。
僕もどうすればいいかわからず、待っていると、東郷が近くの空いている席に座った。確か、風邪で休みなので、大丈夫だろう。ひとまず、僕と向かい合う形になる。
「あのさ」
「な、何?」
「覚えて、ないよな? 俺のこと」
「ごめん。僕はその、事故に遭う前の記憶とかはさっぱりで」
「だよな」
東郷はあからさまに残念そうに、俯いた。
「悪いな。また、そういうことを聞いたりしてさ」
「ううん。別に、僕も何というか、申し訳ないというか……」
「いやいや、川之江が悪いわけじゃないしさ。というより、そういうことを何回も聞く俺も無神経というかさ……」
東郷は顔を上げつつ、自分の頭を軽く撫でた。退院して学校に戻ってから数日経ち、クラスメイトらは僕に慣れつつあった。けど、事故が遭った前みたいにはいかず、どこか、慎重に接してる感じを受けた。東郷も同じで、僕にとっては仕方ないと諦めて、状況を受け入れ始めていた。
「そういえば、朝、いざこざがあったみたいだな」
「まあ、うん。美々が同じ中学校の生徒に絡まれて……」
「らしいな。春井も見たとか言ってたしな」
東郷は口にしつつ、廊下側の方へ視線を向ける。
見れば、春井が他の女子と何やら話をしていた。単なる雑談だろうが、どうも、僕が校門前にいたところを目にしていたらしい。
「というより、川之江は、妹のこと、下の名前で呼んでるんだな」
「今朝、そうしようって話をして」
「そうか」
東郷は両腕を組み、椅子の背もたれに寄りかかる。
「大変だよな」
「記憶がないことが?」
「いや、それはもちろんだけどさ、妹の方もさ」
「それは、そうだね」
僕はうなずくことしかできなかった。美々にとって、記憶がなくとも、兄に変わりはない。いや、実際に記憶喪失じゃないんだけど。
「これも、リタが僕を生き返らせるためにしたことだから、しょうがないんだけど……」
「何か言ったか?」
「いや、別に」
僕はかぶりを振った。
「単なるひとり言で」
「何か悩み事?」
「別に、そういうわけじゃなくって、えっ?」
不意に、聞き慣れた女子の声に、僕は目を動かした。
「何か、わたしの顔についてる?」
「いや、その、ついてるも何も……」
僕がどう反応しようか戸惑っていると、東郷が顔を覗いてきた。
「どうしたんだ?」
「どうしたも何も、この人は?」
僕が指差した先。
東郷が座る席の前に立つひとりの女子。
背中まで伸ばした黒髪に、細い瞳にアイシャドウを施していた端正な顔つき。格好は学校の制服を着ているものの、僕が見間違えることはなかった。
「上西だけどさ、川之江、学校に戻ってから、話したことあったか?」
東郷が不思議そうな表情をしてくる。
上西? 違う。彼女は死神のリタだ。もちろん、事故に遭う前では、クラスメイトとしていたなんて記憶はない。
「ちなみに、下の名前は?」
「リタ」
「同じ……」
「何が同じなんだ?」
「な、何でもない」
僕は平静さを装うとしたが、ぎこちない口調になってしまった。
「あの」
「何?」
「ちょっと、いい?」
「いいけど」
返事する上西を、僕は教室を出て、廊下を抜け、階段の踊り場まで連れていった。去り際、東郷は訝しげに僕の方を見ていた。
「リタ、だよね?」
「病院以来だね」
リタは口にすると、僕はため息をついた。
「驚いたよ」
「声かけるタイミングが悪かったかも」
「いつ、この学校に?」
「今日から」
「今日?」
「うん」
うなずくリタ。だが、僕には信じられない答えだった。
「ちょっと待って。リタが転校生としてやってきたなんて、そういうイベントなかったんだけど?」
「前からいるクラスメイトとして、溶け込んだから」
「前からいる?」
「そう。つまりは、周りのみんなは、わたしがあたかも、はじめからいるクラスメイトという存在だと認識してるわけ」
「それってどういう……」
「まあ、そういう特別なやり方で、君のそばにいることにしたから」
「死神が僕のそばにですか……」
「よろしく」
リタは軽く手を上げると、僕は釣られてか、ハイタッチしてしまった。
「そうそう」
リタがついでに何かを思い出したかのように声をこぼす。
「あの子」
「あの子?」
「ほら、今朝、君の妹さんとひと悶着あった子」
リタの言葉に、僕はすぐにひとりの名前が浮かぶ。
「間戸宮明日香?」
「そうそう。彼女なんだけど」
リタの語気は軽かった。
「君のこと、本気で殺そうと思ってる。というより、近いうちに、また、襲ってくる」
リタは言い切った。
「マジ?」
「マジ」
僕の問いかけに、オウム返しで答えるリタ。
背筋を冷たいものが駆け巡っていった。
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