第11話 再会というのは、嬉しい場合もあれば、嬉しくない場合もある。
病院の外にあるベンチに、僕は腰掛けつつ、ぼんやりとしていた。
そばには点滴の袋がぶら下がるスタンドが腕にまでチューブで繋がっている。
周りは木々が生い茂り、ちょっとした芝生の広場もあった。子供らが走り回り、近くでは看護師に付き添われ、車椅子に乗る老婆が目を向けている。表情は綻んでおり、病衣ながらも、元気そうだ。
「そういえば、今日って、何曜日だっけ?」
「日曜日です」
不意に、僕の横から聞き慣れた声が届いてきた。
見れば、数日前にナイフを突きつけてきた明日香が立っていた。
瞬間、僕は距離を取りそうになったが、何とか堪えた。
変に動けば、僕が記憶喪失じゃないということがバレてしまう。
明日香はスカートを履いた私服で、最後に会った上下ジャージ姿とは異なっていた。ミニバッグを提げ、ぶっきらぼうな顔をしていた。
「あのう、その、誰、ですか?」
「本当に忘れてるんですね」
明日香は呆れたかのように言うと、自分の名前を淡々と告げた。
「あなたは、わたしの姉さんをたぶらかしていました」
「そう、なの?」
違う。僕は首を縦に振りたかったけど、できなかった。
「そうです。あなたは覚えてないと思いますが」
「そう、なんだ。へえー」
「興味なさそうな返事ですね」
「興味ぐらい、あるよ。だって、僕のことだしね」
「にしては、まるで、自分はそんなことしてないような、どこか否定したいような雰囲気が感じられます」
明日香の言葉は鋭かった。もしかして、早々と僕の記憶喪失というフリはばれてしまうのか。だとしたら、今度こそ、明日香に殺されてしまう。
「そ、そういえば、僕はほら、記憶がなくなるきっかけって、何か、事故に遭ったみたいなんだけど……」
「聞いてないのですか?」
明日香の問いかけに、「まあ、うん」と返事する。本当は違うけど。
「あなたは、車に跳ねられたんです」
「いや、それは家族から聞いたけど」
「なら、何でそうなったかということですか?」
「そうだね」
僕が口にすると、明日香はおもむろに、ベンチに座り込んだ。僕の横という位置に。
「わたしがあなたを襲って、それから逃げてる途中に車に跳ねられたんです」
「えっ?」
僕は突然のことに驚いて、間の抜けた声をこぼしてしまった。
「あのう、それって……」
「だとしたら、どう思いますか?」
明日香は僕と目を合わせてきた。どうやら、冗談らしい。いや、今のが真実だ。
「だとしたらね、そういうことか」
「そうです」
「いや、まあ、それは、君に自首してもらうように説得するとか」
「真面目ですね」
明日香はベンチの背もたれに寄りかかった。
「今の話が本当なら、あなたは、わたしに殺されかけたということです。なのに、そんな呑気なことをするんですね」
「呑気って、僕はただ、君のことを考えて」
「わたしのことは考えてくれなくても、いいです」
明日香は立ち上がった。
「第一、私のことを考えてくれるなら」
明日香は僕の方へ視線を動かす。
「死んでください」
「えっ?」
「一度死にかけたとはいえ、わたしには関係ありません。そうですね、病院の屋上から飛び降りるとかです」
「ちょ、ちょっと待って」
「何ですか?」
「君は、僕のことを見舞いに来たんじゃないの?」
「そんなわけないです。わたしはただ、あなたの様子を見に来ただけです。本当に記憶喪失になったのかどうか」
明日香の声は淡々としていた。彼女の僕に対する接し方は何も変わっていない。ということは、再び襲ってくる可能性大ということだ。
まずい。僕は記憶喪失がばれて、明日香に直接殺されてしまうかもしれない。
「そういえば」
明日香は何歩か進んだところで足を止め、僕の方へ振り返ってきた。
「たぶらかされていた姉さんが心配していました。すぐ見舞いへ行きそうな勢いでしたが、わたしが止めました」
「そう、なんだ……」
「ちなみに、学校からは、あなたに会うことを止められています。まあ、今のような記憶喪失状態ですと、会っても、どうしようもないですからね」
「君は」
「はい?」
「僕を殺そうとか考えてる?」
「さあ、どうでしょう」
明日香の答えは曖昧だった。
僕ににはそれ以上問いかけることができなかった。
明日香がいなくなってから、僕はおもむろにため息をついた。
「大変だね」
今度は誰かと思えば、いつの間にか、目の前にリタが立っていた。シャツにジャケットを着て、下はミニスカ、足にはニーソ、ヒールを履いた格好。全体を黒で統一した、死神として出会った時と同じ格好で。
「急に出てくるね」
「ちょっとバレそうだったみたいだから」
「いつも見てるんだね」
「言い方は悪いかもしれないけど、わたしは死神だから、死にそうな人間の近くにいるだけ」
リタは言うなり、先ほど明日香が座っていたところに、腰を降ろした。
「ふと思ったんだけど」
「何?」
「リタは、どうして、その、そういう格好なの?」
「好きだから」
「好みの問題か」
「どことなく、死神っぽいファッションをイメージした」
「そうなんだ」
「納得いってなさそうだね」
「いや、別に」
「それにしては、反応が曖昧」
リタの言葉に、僕は返事が思いつかなかった。あながち間違ってはいないからだ。
「何だろう、死神なのに、どうして、僕ら人間のファッションをしてるのかなあって」
「それは、死神に人間のファッションを好きになるなという警告?」
「いや、警告だなんて」
「君は生き返って強く何かしたいっていう思いがなさそう」
リタはつまらなそうな表情を浮かべた。
「一応あるよ、それぐらい」
「さっきの子?」
「そうだけど」
「あの子、また君のこと、狙ってくると思う」
「マジで?」
「マジ」
リタはうなずいた。
「だから、色々と大変だなって」
「他人事だね」
「他人事だから。いや、自分事も多少あるけど」
「あれだね。僕は死神がついてるんだね。文字通り」
「今さらな話だね」
「だね」
僕は答えると、ぼんやりと周りを眺めた。
空は僕が目覚めた時と違い、澄み切った青が広がっている。雲はほとんどない。空気や自分の気持ちはだいぶ穏やかで、世の中は平和だと何となく思ってしまった。
「とりあえずは、リハビリして、早く学校に戻れるようにしないと」
「学校って、楽しい?」
「うーん、楽しいかと言われれば、そうじゃないし、けど、つまらないわけでもない」
「そうなんだ。今まで会ったことある君と同じくらいの人間の中には、学校はつまらなかったと言ってたけど」
「そういう人もいるだろうね。授業中とか寝てる人とかいるくらいだし」
「君は寝ないの?」
「たまに、寝るけど……」
「そうなんだ」
リタはうなずく。
「まあ、ほどほどに頑張って」
「適当な助言だね」
「頑張り過ぎても、仕方ないから。生き急ぐとかっていう言葉もあるくらいだから」
「僕が生き急いでる?」
「今はそうじゃないけど」
「なら、別に言わなくても」
「一応、忠告」
リタは目を合わせるなり、僕を指差す。
「死神からの忠告は素直に受け入れた方がいいと思う」
「受け入れないと、ロクなことがなさそう……」
「かもね」
リタは笑みを浮かべた。何だろう、バカにされたような気分だ。
気づけば、リタは場からいなくなっていた。まぶたを一瞬開け閉めした間にだ。
周りに顔をやっても、リタの姿はない。
僕はベンチから立ち上がった。
「何はともあれ、リハビリ頑張らないと」
僕はちゃんと生きようと、改めて意を決した。
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