第3話 クラスメイトの住所なら、緊急連絡網とかに書いてあったかもしれない。
数十分後。
「そういえば、間戸宮さんの家って、どこにあるか知らないんだった……」
肩に学校の鞄を提げた僕は、片手にミックのビニール袋を持ちつつ、ため息をついた。中には間戸宮姉妹が残したフライドポテトとオレンジジュースがある。店員に頼んで、袋とかを出してもらった。
で、ミックを後にして、しばらく歩いたところで、今の至るというわけで。
「間戸宮さんの連絡先も知らないし……。こうなれば」
僕はズボンのポケットからスマホを取り出し、とある人に電話をかけた。
「おう。どうした?」
「ちょっと聞きたいんだけど」
僕は相手のクラスメイト、東郷将太に間戸宮姉妹とのいきさつを話した。
「そりゃあ、何というか、災難だな」
「だよね。そう思うよね」
「で、間戸宮姉は実際、どうなんだ?」
「それが、ちょっとしか話してなくて、真意は……」
「そうか。まあ、その妹に完全に嫌われてるな、川之江は」
「そうだね」
僕は言いつつ、肩を落とした。心当たりがないというのはたちが悪い。
「で、俺に間戸宮の家を知ってるかどうかってことか」
「いや、そういうんじゃなくて、まあ、東郷の女友達で、そういう子とかいるかなあって」
「女友達か……。ああ、そういえば、いるな。確か、間戸宮と仲のいい子が」
「本当?」
「ああ。ちょっと、連絡取ってみるわ。まあ、待ってくれ」
「ありがとう、恩に着るよ」
「まだ、何もしてないけどな」
「そういうことをやってもらえるだけで十分だよ」
「照れるな」
東郷の笑い声が聞こえるとともに、「それじゃあ、お願い」と僕は口にした。
「おう。ちょっと待っててくれ」
電話が切れ、僕はふうと息をついた。
数分後。
「今から、そっちに行くだとよ。さっきいたミックの前で待ってれば、来るはず」
僕のスマホに入っているSNSのアプリに、東郷のメッセージが届いた。どうも、麻耶香と仲のいい子が道案内してくれるらしい。
僕は「ありがとう」とお辞儀した犬の絵で返事して、スマホをしまった。
実のところ、ミックを出てから、僕はそんなに離れていなかった。なので、数分ぐらいで戻ったので、てっきり、相手はまだいないと考えていた。
「あっ! 来た来た」
だが、予想に反し、彼女は既に現れていた。
「春井さん?」
「いつも教室で会ってるでしょ?」
クラスメイトの春井美希奈は不満げな表情を浮かべた。
ベリーショートカットに、きりっとした瞳を向けてくる彼女は、男子と間違えそうな顔だ。だが、制服はスカートを履いてるし、胸は麻耶香ほどではないにしろ、薄くはないので、やはり、女の子だ。両手両足はほどよく筋肉がついており、よく体育会系部活の助っ人に駆り出されるだけはある。学校の鞄をリュックのように背負い、袖を捲っているところから、動きやすさを徹底していた。
「もしかして、こうやって、二人で会うのって初めて?」
「そうだね、初めてだね」
「だよねー。川之江くんって、女子とあんまり絡まない方だもんね」
「仰る通りで」
「まあまあ。そう、硬くならないで。で、麻耶香の家に行きたいんでしょ?」
「ちなみに、東郷からはどう話を聞いてるの?」
「麻耶香に、玉砕覚悟で告白しにいくって」
「違う」
僕はかぶりを振るなり、やっぱりと感じずにいられなかった。東郷はよく、僕をからかったりするので、真面目に春井へいきさつを教えないと思っていた。とはいえ、僕を傷つけるものでなく、あくまで軽い冗談としてやってくる。僕が本当に悩んでる時は真剣に向かい合ってくれる友人だ。
「だよねー。東郷はそういう冗談好きだから」
「わかってたんですか」
「まあね。実際はまあ、色々とあったみたいだけど」
春井は言うなり、さっさと歩き始めた。
「あたしもちょっと麻耶香に用事があったから、ちょうどよかったんだよねー」
「用事?」
僕が春井の横に並んでついていくと、「そう、用事」という返事があった。
「そういえば、その、間戸宮さんに妹がいるのは」
「知ってるよ。何というか、難しい子かな。川之江くんは元より、普通の人は接しずらい子かも」
春井の言葉に、僕はうなずくことしかできなかった。
だとしたら、厄介な子に嫌われたもんだなと。
春井と歩きつつ、僕はどんよりとした気持ちになった。
「……」
「どうしたの? あたしはもう、入るけど?」
「ちょ、ちょっと待って」
僕は足を止めて、間戸宮姉妹の家をざっと眺めた。
住宅街の一角にある板張りで囲まれた土地。
広さだけでも、普通の分譲一軒家が七、八軒入るぐらい。
何せ、外からでは建物が見えない。入口の鉄扉は固く閉められており、訪れる者をそう簡単に通さないような雰囲気があった。
「ちなみに聞くけど」
「何?」
「間戸宮さんの家って、お金持ち?」
「うーん、お父さんは政治家とか聞いたけど」
「政治家!?」
「たまに、テレビでも出てくる、何だっけ? ダイギシとか言ってた」
「ダイギシって、国会議員ってことだよね……」
僕は言うなり、考えれば、前の選挙ポスターで「間戸宮」という苗字を目にした気がした。
「何でも、おじいちゃんも政治家だったみたいだよ」
「そう、なんだ……」
「まあ、それはそれとして、中に入ろっか」
春井は言うなり、入口近くにあるインターホンのボタンを押して鳴らす。
「はい」
「すみません、麻耶香の友達の春井です。遊びに来ました」
「麻耶香さんのお友達ですね。少々お待ちください」
やんわりとした女性の受け答えが終わると、インタホーンは大人しくなった。
「あっ、ちなみに、今のは麻耶香のお母さんじゃなくて、お手伝いさん」
「それはまあ、何となく、察しが」
「で、実際は何があったの?」
「何って、それは……」
春井が興味深そうな顔を向けてくるのを、僕はどうしようかと悩む。
と、入口の鉄扉が開き、エプロン姿の女性が現れた。
「どうぞ」
「お邪魔しますー」
「お邪魔します……」
春井が中に足を進ませる中、僕は遅れてついていく。
中はわかっていたとはいえ、広かった。
日本庭園風のお庭に、鯉が何十匹と泳ぐ池。石の灯篭やししおどしもある。で、正面には平屋で瓦屋根の木造一軒家があり、敷地の真ん中を占めていた。外からは襖やガラス戸で閉められているものの、部屋はいくつもある感じがした。
僕があまりの豪邸っぷりに立ち尽くしていると、春井が駆け寄ってきた。
「ほらほら。麻耶香に会うんでしょ?」
「まあ、うん」
「まあ、無理もないよね。あたしも初めてここに来た時は驚いたもんだから」
「そちらの方は?」
気づけば、お手伝いの女性が、僕の方へ目を向けていた。
「ああ、彼はあたしと同じ、麻耶香の友達みたいなもの」
「そうですか」
女性は口にするなり、家の方へ先に歩いていく。
「あんまり、この家のこと言い触らさないでよ」
「えっ? 何で?」
「麻耶香が気にするから」
春井はさっさと女性の後についていく。
僕は意味がわからなかった。
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