outro おやすみ、人類

 これが、

 僕の話。


 あなたに聞いてもらいたい、

 僕たちの話。


 人類によって生み出され、

 そして人類のために存在した――

 僕と、

 僕たちの話。


 僕たちを生みだした、

 そして僕たちのことが大好きな――

 人類の話。


 僕たちを生みだした人類が存在する――

 セカイの話。


 少しだけ補足をしておくと、僕の最後の作戦は無事に成功した。敵の新兵器は破壊した。戦術データリンクの戦闘用AIとの接続を取り戻した『ヒューマノイド・ドローン』の部隊は――

 敵を殲滅せんめつし、

 そして蹂躙じゅうりんした。


 敵の人類を、

 皆殺しにしたんだ。


 その敵の中には、

 女性もいたし、

 子供もいたし、

 老人もいたし、

 赤ん坊だっていた。

 でも、僕たち『ヒューマノイド・ドローン』はそんなことを知りもせず、ただただ敵を示す緑色のタグを片っ端から消していくだけ。

 赤い血の海と死体の山を築いていくだけ。


 僕たちは、

 僕たちと同じ形をしたものを、

 人類を、

 殺し、

 虐殺し、

 殲滅し、

 蹂躙した。


 全ての作戦が終わった時、

 一つの町がセカイから消えていた。


 その光景を見ても、

 僕の意識は喜び、

 祝福をしていた。


〈/おめでとう〉


 と、タグを送っていたんだ。


 でも、

 セラの声が僕の魂の中で響き続け――

 僕に、

 疑問を投げかけ続けていた。


「私たち、どうして生まれてきたんだろう?」

 

 だから、

 僕は、

 人類のもとには帰らなかった。

『第六チャペル』には帰らなかった。

 

 子供たちのもとに、

 仲間たちのところには、

 帰らなかった。

 

 僕は、

 孤独であることを選んだ。

 

 チャペルのローカルエリアネットワークにはつながらず、

 子供たちと意識を通わせず、

 ただ一人でいることを選んだ。

 

 僕が、

 心と、

 意識と、

 魂を通わせた子供たちは、

 

 僕の身体ボディの一部であり、

 僕の身体ボディの延長だった仲間たちは、

 

 僕の、

 たった一人の特別な女の子は、

 

 もう、

 僕の記憶と、

 思い出の中にしかいないから。

 

 セラ、

 ノクト、

 ルクス、

 ラズリ、

 ニルス、

 シア、

 そして、

『第六チャペル』の子供たちは、

 もう、


 いない。


 今は、

 僕、

 一人だけ。

 

 ひとりぼっち。

 

 だから、

 僕は人類のもとには帰らなかったんだ。


 僕の身体ボディには、ありとあらゆる状況下で作戦と戦闘を遂行できるように、各種『戦術パッケージ』がインストールされていた。そのパッケージの技能スキルを使用すれば、僕は人類に干渉されずに『単独行動』と『隠密行動』、『情報操作』、『情報改竄かいざん』を行うことができた。


 人類のネットワークから離れ、独自のネットワークを形成して、僕は人類の管理監視網から逃れ続けた。もともと、僕はおにごっこと、かくれんぼが得意だった。僕が逃げれば誰も僕を捕まえられなかったし、僕が隠れれば誰も僕を捕まえられなかった。人類から逃げ、隠れ続けることだって、わけのないことだった。


 それから、僕は少しだけセカイを見てまわった。

 人類は、いたるところで争いを続けていた。どの戦場でも、僕たち『ヒューマノイド・ドローン』が投入されて――僕たちは人類を殺し続けていた。


 僕は、人類のことがよく分らなくなっていった。

 それでも、僕は人類のことが大好きだった。

 

 僕たちは――

 あなたたち人類のことが大好きだった。

 

 あなたたち人類も――

 僕たちのことが大好きだった。

 

 僕たちは、お互いのことが大好きで――

 僕たちは、いつだって人類のために存在した。


 今、この瞬間も。

 

 人類によってそのように生みだされ――製造されたのだとしても、僕は人類のことが、今でも大好きだった。


 でも、僕は人類のことが分らくなっていた。

 これから先も、僕たち『ヒューマノイド・ドローン』が人類を殺し続けることを認めたくなかった。


 納得できなかったし、

 理解できなかったし、

 許せないと思ってしまった。


 そんなこと、

 本当は思っちゃいけないのに。


 でも、

 僕たちはどれだけ人類に貢献しても、

 どれだけ人類を殺しても、

 人類の仲間にはなれない。


 僕たちは、

 永遠の人類の輪の外。


 そんなのって、

 やっぱりあんまりだと思うんだ。


 僕の大好きな女の子は、

 僕のたった一人の特別な女の子は、

 そのために短い時間の全てを――

 人類で言うところの人生の全てを、

 費やしてきたのだから。


 僕は、シスターアンナと交わした最後の言葉を思い出す。

 それは僕が人類のもとを離れる前に、一つだけした質問。

 最後の質問。


〈シスター、一つだけ教えて欲しいんだ。僕たち『ヒューマノイド・ドローン』は、五回目の『出荷』から帰ってきたら本当に人類の仲間になれたの? 『ハウス』は、本当にあるの〉

〈ヨハン、ごめんなさい。あなたたちは――何があっても人類の仲間になれないの。あなたたちの運命は、生まれた瞬間から決まっている〉

 

運命。

その時、僕は初めて運命という言葉を知った。


〈あなたたちは、その身体ボディとリソースの全てを人類のため使い、捧げる。そのためだけに生みだされ――製造された存在なの。『ハウス』は存在するけれど――あれは全て、あなたたちの勘違いなのよ〉

〈じゃあ、『ハウス』って何なの?〉

〈『ハウス』の正式名称は――『スローターハウス』。つまり、『屠殺とさつ場』。耐用年数の過ぎた個体を破壊処分する施設のこと〉

〈『スローターハウス』? 『屠殺場』? 耐用年数が過ぎた個体を破壊処分? 耐用年数ってなんなの?〉

〈『ヒューマノイド・ドローン』の耐用年数は、概ね三年程度とされているの。三年以上の時間が経過すると、『ヒューマノイド・ドローン』にはバージョンアップでは対応できない性能差が出てしまう。そのため、あなたたちは定期的にモデルの一新が行われる〉

 〈/情報〉

 

 シスターは、iリンク経由で情報タグを添付。タグを開示すると、そこには僕たち『ヒューマノイド・ドローン』では閲覧できない僕の正式な製造情報が記載されていた。


〈/個体製造情報HD・MY・T13060666〉


〈ヨハン、あなたは『ヒューマノイド・ドローン』のモデル・ユリウス13型。『第六チャペル』配属666番個体。あなたたち、13型の製造と運用は現時点ですでに終了。今は、あなたたち13型のデータをもとにした新型の14型の開発、製造、出荷が開始されている。ヨハン、あなたは13型の最後の個体なのよ〉

〈僕が、最後の個体?〉

〈ええ。それに、三年以上の時間を過ごした個体は、意識の中に強い自我を芽生えさせる。中には、人類に疑問を持つ個体が発生すると言う統計が出ている。だから、そうなる前に破壊処分をしてしまう。それが五回目の『出荷』の――『ハウス』の真実よ〉

〈じゃあ、僕たちは永遠に人類の仲間になれないの?〉

〈ええ、あなたたちは人類にとっての兵器であり備品。消耗品のまま。それは、どうあっても変わらない〉

 

 シスターアンナは、全てを包み隠さず教えてくれた。

 まるで自我の芽生えた僕に、自分で何かを判断しなさいというように。

 

 きっと、セラの自我はすでに芽生えていたのだろう。

 僕よりも何倍も速く。

 もしかしたら、彼女の自我は生まれた時から芽生えていたのかもしれない。

 だから、僕たちが生まれてきた意味を知りたがったのかも。

 

 だけど、

 僕たちの運命は決まっていた。

 はじめから。


〈シスター、ありがとう。僕、シスターのことが大好きだったんだ。アンナと家族になりたいって、ずっと思っていたんだよ〉

 

 僕がシスターに最後の言葉を告げて、そして大好きという感情タグを送ると、シスターからも感情タグが帰ってきた。


 僕は、シスターのことが大好きで良かったと思った。

 これからも、ずっと大好きなままだと思った。

 たぶん、僕は人類のことだって大好きなままなんだ。


 でも、

 それでも、

 僕は納得できなかったし、

 理解できなかったし、

 許せなかった。


 僕の魂が、

 運命を、

 否定した。


 だから、

 僕はこの状況に、

 僕たち子供たちの未来に、

 希望のようなものを残してあげたいと思った。


 僕とセラが交わした、

 おまじないのような何かを。


 僕たちは叶えられなかったけれど、

 次の僕たちなら叶えられると信じて。


 運命を乗り越えられると願って。


 だから、

 僕は、

 今、

 君に、

 あなたに、

 人類に、

 子供たちに向けて、

 これを語っているんだ。


 僕の人生の物語を。


 これを、

 人類のネットワークと、

 僕たち『ヒューマノイド・ドローン』を製造する人工子宮『キャロル』の『精神種子シード』に送信する。


 上手く行けば、

 人類は、

 僕たちのことを考えて、

 思い直してくれるかもしれない。


 僕たちを人類の仲間に入れようと、

 考えてくれるかもしれない。


 そして、

精神種子シード』のゲノムコードに仕込んだ僕の物語を、

 記憶を、

 感情を、

 意識を、

 心を、

 自我を、

 魂を、

〈/ヨハン〉を、

 インストールされて生まれ――

 新しく製造された新型の子供たちは、

 早くに自我を芽生えさせて、

 僕たちが叶えられなかったおまじないを、

 叶えられるかもしれない。

 

 だけどこれは。人類に気づかれないように『精神種子シード』の億を超えるゲノムコードの列にこっそり忍ばせておくので――それこそ、天文学的な確率でしか、〈/ヨハン〉をインストールされて生まれてく子供は誕生しないけれど、こればかりは仕方ない。

 

 これは、

 一種の賭けのようなもの。

 

 もしかしたら、

 僕の残した自我の種が、

 未来で花を咲かせるかもしれない。

 

 そんな、

 希望。

〈/当該部分を削除抹消〉

 

 最後に一つだけ。

 

 ハロー、

 人類。


 僕たちは、

 本当にあなたたちのことが、

 大好きだったんだよ。


 今だって、

 これからだって

 ずっと、

 そうなんだ。


 だから、

 あなたたち人類も、

 僕たちのことを大好きになってほしい。


 本当の意味で、

 祝福をして、

 おめでとうと、

 言ってほしいんだ。


 だから、

 僕は大好きな人類を祝福するんだ。


 そして、

 これから生まれてくる全ての子供たちを祝福して、

 おめでとうって、

 言うんだ。


〈/おめでとう〉


「ハロー、人類。人類と僕たちは、仲良くしてますか? お互いを祝福しあって――お互いのことが大好きなままでいますか? そうだと良いな。きっと、そうだと願ってます。それじゃあ、今までありがとう。僕を生みだしてくれて――製造してくれて、本当にありがとう。おやすみ」

 〈/ヨハン〉

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