14 人類

 

〈Y060666? Y060666? 応答して〉

 

 僕がセラを身体ボディの一部を――

 彼女の頭部を胸に抱きしめたまま呆然としていると、声が聞こえた。


〈Y060666? Y060666? こちらハンドラー。応答しなさい〉


 それは、iリンクの無線通信。

 

 僕は、どうでもいいと――その通信に反応しなかった。

 iリンクがネットワークに繋がったことで、拡張現実階層ARレイヤーも復旧したのか――僕の視界にも補正がかかり、たくさんの情報タグが浮かび上がった。

 

 僕の視界が、味方の死亡――戦闘不能を現す赤色のタグで溢れ返る。

 まるで、赤い海のように。


 僕が抱き寄せているセラにも赤いタグが付く。

 僕に現実を突きつけるかのように戦闘不能と――そして、補足情報〈/重度破損。戦闘不能。破棄推奨〉というメッセージが浮かび上がる。


 僕は、赤い海の底で溺れてしまいそうだった。


〈Y060666? Y66? ヨハン。ヨハン。応答して〉


 僕は、聞き覚えのある声に気が付いた。


〈もしかして、シスターアンナ?〉

〈ヨハン、良かった。反応してくれたのね?〉

〈シスター、これはいったい何なの? 僕たちは、どうしてこんなことに? それに、僕たちは何をしていたの? こんなのって――こんなのって、ないよ〉

 

 僕は、打ちひしがれながら言った。


〈ええ、分ってる。あなたたちを、こんなつらい目に合わせるつもりじゃなかったの。まかさ、戦闘中にあなたの意識が戻ることがあるなんて、私たちも想定できなかった〉

〈そんなことっ、どうでもいいよ。みんな、壊れちゃったんだ――死んじゃったんだよ? こんなボロボロで、バラバラになって。セラだって、こんな、こんなことに。どうして? どうして?〉


 僕は人類との約束も、

 自分が生まれた意味も、

 製造された理由も、

 この身体ボディと、

 リソースの使いかたも忘れて、

 iリンクごしに叫んだ。


 感情タグがシスターに届くのかどうかは分らなかったけれど、僕は――僕のこの怒りを、悲しみを、痛みを、恐怖を、混乱をぶちまけた。


〈/怒り〉

〈/悲しみ〉

〈/痛み〉

〈/恐怖〉

〈/混乱〉


〈ヨハン、伝わっているわ。あなたの怒りや、悲しみ、痛み、恐怖、混乱。あなたの感情の全て――私に伝わっている。こんな思いをさせてごめんなさい〉


 シスターは謝罪を口にした。

 

〈ヨハン、あなたにはまだやってもらうことがあるの。これから、私の指示にしたがって〉

〈無理だよ。僕は戦場になんて出たことないし、戦闘の経験なんてないんだ。早く、この身体ボディを戦闘用AIに委譲してよ。こんなの、あんまりだよ〉

〈ごめんなさい。それは無理なの〉

〈無理って、どうして?〉

〈敵の新兵器によって、戦闘地域一帯で『ヒューマノイド・ドローン』と戦闘用AIを運用する戦術データリンクとの接続が不能になってしまったの。その新兵器によって、あなたたちは意識の無いただの身体ボディとなった。その隙に敵の攻撃を受けて、あなたたちの部隊は全滅をしてしまった。ヨハン、あなたをのぞいて〉


 僕は、僕をかばうかのように寄り添っていたセラを見つめた。

 もしかして、セラだけは直ぐに意識を取り戻したのだろうか?

 

 そして、僕を――


〈ヨハン、これからあなたには、敵の新兵器を破壊してもらう。その兵器の破壊に成功すれば、私たちは新しい部隊を送り込んで敵を殲滅できる〉

〈新兵器の破壊? そんなの無理だよ。僕が敵と戦えるわけなんてないじゃないか? それに、僕は破損して――〉


 その言葉の最中、僕は自分がすでに痛みを感じていないことに気が付いた。

 僕の身体ボディは体内のナノマシンと『タクティカル・スーツ』によって、すでに修復と補強が済んでいた。自己修復型の『ナノ繊維スーツ』が、僕の破損部分にナノマシンを送り込んで体内のナノマシンと結合することで、破損部分や損傷部位を迅速に修復する。

 

 そして、僕はもう恐怖を感じていなかった。

 怒りや、

 悲しみや、

 混乱もなく、

 とても冷静に――

 クリアに状況を確認し、

 検証することができた。

 

 ただ、怒っていた、

 ただ、悲しかった、

 ただ、混乱していた、

 ただ、恐怖していた、

 それらの体験や経験が、

 知識として僕の中に蓄積されているだけ。

 今はもう、僕の感情だったという実感がなかった。


 まるで、今の僕は――

 僕という身体ボディと意識を、

 外側から眺めているみたいだった。


 僕は、

 目の前で戦闘不能タグを赤い海のように浮かび上がらせる子供たちを見て、

 喜んだ。

 

 僕と共に、

 人類に貢献し、

 その身体ボディを捧げ、

 リソースの全てを使い尽くすと誓い合い――


 そして、

 誓いを守って身体ボディを捧げ、

 リソースを使い尽くした『キャロルの子供たち』を見て、

 人類との約束を果たした『ヒューマイド・ドローン』を見て、

 僕は、

 ただ喜び、

 

 祝福をしていた。

 

〈/おめでとう〉

 

 と、感情タグを送っていた。

 無意識に。

 

 僕は何故か、セラの言葉を思い出した。


「私たち、どうして生まれてきたんだろう?」


 それは、

 僕たちの中に、

 意識に、

 心に、

 魂に、

 存在しない問い。

 

 僕たちが、

 抱いてはいけない問いだった。

 

 僕は、

 どうして僕が生まれてきたのだろうと思った。

 疑問を抱いてしまった。

 

〈ヨハン、あなたの『モデル』には、どのような戦況でも作戦指揮を行えるように各種『戦術パッケージ』がインストールされている。戦場で必要なことは、全て『パッケージ』が自動で行ってくれる。あなたは、ただ『パッケージ』の指示通りに身体ボディを動かせばいい〉

 

 シスターアンナの言っていることは、考えるまでもなく理解できた。

 僕は、すでに『戦術パッケージ』に従う形で現在地の算出と照合を行い、視界から得られる情報と併せて立体地図オブジェクトマップの作成を済ませていた。

 

 僕の拡張現実階層ARレイヤーに立体映像の地図が浮かび上がる。さらに、ハンドラーであるシスターアンナから送られてきた位置情報と照合を済ませて、より正確な地図を作成する。『ヒューマノイド・ドローン』と戦術データリンクが運用する戦闘用AIとの接続を阻害している敵の新兵器の所在はすでに突き止めているらしく、僕の作成した地図の上に標的を示す――

 緑色のカーソルが灯る。


 そこが、僕の目的地。


〈ヨハン、こんなことを押し付けてごめんなさい。本当なら、あなたたちは苦しみや悲しみを感じることはなかった。ただ何も感じず、ただ静かな眠りについたまま、その身体ボディを私たち人類のために使ってくれるはずだった〉

〈シスター、作戦は遂行するよ。それが、僕が――僕たちが、生みだされた意味と理由だから。僕たち『キャロルの子供たち』――『ヒューマノイド・ドローン』が、人類と交わした約束だから。この身体ボディを捧げ――リソースの全てを、僕たちは人類のために使いつくす。だから、この作戦は必ずやり遂げる〉

〈ヨハン、ごめんなさい。ありがとう〉


 僕は、シスターとの通信を切った。

 

 僕には、作戦を実行する前に一つだけやることがあった。

 僕は両腕に抱えていたセラの白髪の毛を撫でて、丁寧にくしを入れてあげた。髪の毛を整えて、くすんだ頬をの汚れを拭ってあげた後――

 

 僕はセラの頬に唇を重ねた。

 今まで、セラが何度もそうしてくれたみたいに。


「セラ、いままでありがとう。これまで、ずっと僕のそばにいてくれてありがとう。大好きだったよ。今も、そしてこれからも――僕は、セラが大好きなんだ」

 

 僕は、セラの頭を地面に置いた。

 

 そして、

 立ち上がり、

 武器と弾薬を装備し直す。

 必要なものはそこら中に散らばっていた。

 僕は準備を整えると、振り返らずに走った。

 

 全てを置き去りにしてしまうみたいに。

 

 僕たち『ヒューマノイド・ドローン』の身体ボディは、破損して行動不能になると体内のナノマシンが『自壊プログラム』を走らせる。その瞬間から、僕たちの身体ボディは少しずつ砂のようにこぼれ落ちて大地に還る。正確には、僕たちの身体ボディを構成する葉緑素が『自壊のプログラム』の酵素によって分解され、肥料となって土に還るのだ。

 

 だから、僕たち『ヒューマノイド・ドローン』は戦場で破損して行動不能になっても敵に技術情報を盗まれたり、腐って疫病やウィルスをまき散らしたりしない。回収の手間すらかからない。それどころか、僕たちが大量に自壊した戦場では植物が育ち、綺麗な花が咲く――僕たちは、『プラント』や『フラワーボディ』なんて言われ方すらしていた。

 

 セラも、いつか土に還って花を咲かせるかもしれない。

 とても、綺麗な花を。

 

 それから、僕は敵を倒し続けた。

 

 視界に現れる、

 敵を示す緑色のタグを片っ端から消して行った。


 これまで、

 僕の身体ボディが何度もそうしてきたみたいに。


 身体ボディに染み付き、

 こびり付き

 焼き付き、

 繰り返し続けてきた行動を、

 迷わず取り続ける。

 

 アサルトライフルを両腕に抱えて、

 照準器の狙いを定め――

 トリガーを引く。

 引く。

 引く。

 引く。

 引き続ける。

 

 僕の視界の先で――

 果物が地面に落ちて破裂するみたいに、

 赤い血をまき散らして爆ぜる。

 

 敵の頭や、

 肉体が。

 

 僕たちの敵は――


 人類だった。

 

 僕たちが大好きな人類。

 僕たちは、ずっと人類と戦っていたんだ。

 ずっとずっと人類と戦い、

 人類を殺し、

 人類を殲滅しようとしてきた。


 敵は、

 月から来るんじゃなくて、

 宇宙の果てから来るのでもなくて、

 僕たちと同じ大地に――

 この星に立っている人類だった。


 ただ、

 僕たちを造った人類の敵というだけだった。

 主義や、

 主張や、

 思想や、

 人種や、

 民族や、

 宗教や、

 理念や、

 国や、

 所属や、

 歴史や、

 ちょっとした何かが違うだけのだけの、

 些細な理由での争い。


 僕たちは人類の壮大な争いに、

 喧嘩に、

 戦争に、

 付き合わされただけ。


 人類同士が争いたくないから生みだされ、

 製造されただけ。


 人類の代わりに人類を殺す兵器であり、

 備品。

 消耗品。


 僕は作戦が終了するまで、

 人類を殺し続けた。


 銃で殺し、

 ナイフで殺し、

 手榴弾で殺し、

 素手で殺した。


 人類は叫んだ。

 人類は泣いた。

 人類は謝罪した。

 人類は怒った。

 人類は混乱した。

 人類は恐怖した。

 人類は憎悪した。

 でも、僕は人類を殺し続けた。


 大好きな人類を、

 この作戦が終わるまで、


 僕は、


 殺し続けたんだよ。


 セラの声がいつまでも僕の魂の奥で響き続ける。



「私たち、どうして生まれてきたんだろう?」

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