12 シスター

 四回目の『出荷』が終わった頃になると――

 僕たちが『第六チャペル』で共同生活を始めてから、もう二年以上の歳月が経っていた。『第六チャペル』出身の子供で四回目の『出荷』から帰ってこられたのは、僕とセラを含めて数名だった。


 もう、あの頃の仲間たちの多くは、このチャペルにはいない。

 人類によって生み出されたあと、みんなでこの『第六チャペル』に集まってシスターアンナの話を聞いて、みんなで意識を通わせあったことが、もう遥か遠くの出来事に――


 まるで、遥か遠くの月で起きていたことのように感じられた。


 大好きだった仲間たち。

 僕の身体ボディの一部だった大勢の子供たちは、もういない。

 僕の身体ボディは、そこら中の螺子ネジが抜け落ちたみたいにスカスカだった。

 とても軽くて、とても空虚。

 でも、僕たちはそんなことすら祝福した。



〈/おめでとう〉


 

 と、感情タグを送り合った。


 そんな中で、セラだけが日々を忙しなく動き回り、今まで以上に本を読んだり、人類のことを調べたりして、人類に近づこうとしていた。


 セラは、たぶん人類の仲間になりたかったんだと思う。

 人類になりたかったんだ。

 僕には、僕たちが人類の仲間になれるとは思えなかった。

 もちろん、人類になれるとも。


 僕たちはどこまで行っても『ヒューマイノド・ドローン』で――永遠に兵器であり備品。

 消耗品。


 でも、ある時セラは答えを見つけたみたいだった。


「ねぇ、私ついに分ったの」

「分ったって、何が?」

「人類の仲間になる方法よ」

「人類の仲間になる方法?」

 

 彼女は、赤い目の中の炎を爛々らんらんと輝かせて続ける。


「これまで、私たちは五回以上の『出荷』を経験した子供を見たことなかったでしょう?」

「そうだね」

 

 僕は、ニルスの言葉を思い出しながら頷いた。


「五回以上の『出荷』を経験した子供は、もう戦場に送られることがなくなって、人類と一緒に別の仕事ができるよ」

「それ、本当?」

「ええ。別のチャペルの子供たちにも色々話を聞いたし、製造年数の違う子供にも話を聞いたわ。誰も、五回目の『出荷』から帰ってきた子供を見ていないの。五回以上の『出荷』を経験した子供が存在しないのには、理由があるんだから」

「でも、誰も帰ってこなかったってだけかもしれないよ」

「これまでの確率的に、それは絶対にないわ。どんなに過酷な戦場でだって、全滅なんて結果は一度もなかったんだから」

「確かに、それはそうだね」

「それに、決定的な証拠だってあるんだから」

「証拠?」

 

 僕が尋ねると、セラは自信満々に「ふふふ」と微笑んで見せる。


「ええ、『十三チャペル』の子供がね、たまたま人類同士が会話をしているのを聞いたんだって」

「何を聞いたの?」

「『出荷から帰ってきた子供の中に、五回目の出荷だった子供がいるみたいだ』って一人の人類が言うと、もう一人の人類が『じゃあ、ハウス行きだな。これまで良く頑張ってくれたな。おめでとう』。そう言ったらしいのよ」

「『ハウス』? 『ハウス』ってなんだろう?」

「『ハウス』って言ったら、おうちしかないじゃない? きっと、人類のお家に連れて行ってくれるのよ。そこで、人類の仲間になって新しい仕事を与えてもらえるんだわ。おめでとうって言ったんだもの間違いないわよ」

 

 セラは夢見がちに言って、僕の手を握りながら飛び跳ねた。


「あー、早く次の『出荷』の日が来ないかなあ。そうすれば、私たちは人類の仲間よ。パン屋さんになれる日も遠くないかも」

「でも、僕たちが一緒に帰って来られるかなんてわからないよ」

「大丈夫よ。私たちには、おまじないがあるもの。次の出荷からだって――絶対に二人で無事に帰って来られるわ」

 

 セラは自分で考えたおまじないをまるで疑いもせず、すでに次の『出荷』から帰って来られると確信していた。

 だから、僕も確信してしまった。

 

 セラの言葉通り、二人で無事にこの『第六チャペル』に帰ってこられると。

 二人で人類の仲間になれると。

 

 だから、僕はニルスの言葉を忘れてしまったんだ。


『――僕たちの時間は残り少ない。ヨハン、君のしたいことを、したいようにするべきなんだ。じゃなければ――この祝福された時間が無駄になってしまう』


 僕は人類の仲間になれると信じて、舞い上がってしまった。

 そして、セラにそう言われたことが嬉しくて――

 僕は、シスターアンナに会いに行ってしまったんだ。

 

 シスターの部屋は、僕たちのチャペルと短い廊下で繋がっていて、誰でもシスターに会いに行くことが許されていた。だけど、シスターに会いに行く子供は少なった。


 僕たちは、生まれながらに人類が大好きで、人類のために働き、人類のためのこの身体ボディを捧げて――リソースを全て費やすのだという考えが大き過ぎて、人類に近づくことをどこか恐れていた。正確には、恐れていたとは違うんだけれど、距離を置き、どこか遠くから眺めていることで満足していた。


 だから、誰も人類に質問をしたり、疑問をぶつけたり、わがままを言ったりなんてしなかった。反論なんてもってのほかだし、人類を疑うなんてことは考えただけで恐ろしいことだった。

 

 自分たちを生みだし――製造した人類は絶対で、人類は全てにおいて正しいと心の底から信じていたんだ。

 

 そして、この話をあなたに聞かせている今だって――

 僕はそう思っている。

 僕たちは、人類が大好きだったんだ。

 もちろん、今も。

 

 シスターアンナに会いに行く子供は少なかったけれど、僕はシスターによく会いに行った。セラのことを相談することもあれば、僕の話をすることもあった。ただ、シスターも顔を見に行くだけの日も。理由なんてなくても良かった。

 

 僕は、シスターアンナのことが大好きだった。

 セラと同じくらい。

 

 僕は彼女とセックスがしたいと思ったし、できればシスターと家族のような関係になりたいとずっと思っていた。だから、セラに次の出荷から帰ってくれば僕たちも人類の仲間に入れてもらえると言われて、僕はそのことをシスターアンナに報告しに行ってしまったんだ。

 

 それまで、僕たち子供たちは人類という大きな輪の外にいて、輪の外から輪の中を覗いているだけだった。その輪の中ではとても素敵な、とても楽しい遊びが行われているのに、僕たちはその輪の中には入ることは絶対にできなかった。

 

 でも、その輪の中に入れると――その楽しい遊びに参加できると知って、僕はとても興奮して、舞い上がってしまったんだ。


「いらっしゃい、ヨハン。いつもみたいに紅茶で良い? 今日はクッキーもあるのよ」

 

 ビスケットみたいな扉を開いてシスターの部屋に入ると、彼女は優しい微笑を浮かべて僕を迎え入れてくれた。いつだって、シスターアンナは僕を暖かく迎え入れてくれる。僕にお母さんがいたなら、きっと彼女みたいな存在なんだろうなあと、僕はずっと思っていた。

 

 シスターの部屋はとても簡素で、真っ白な部屋の中に机と椅子しかない不思議な部屋だった。僕たちが入ることを許されていたのはこの部屋までで、シスターは奥の部屋から紅茶やお菓子を運んできて、それを僕たちに振る舞ってくれる。


 僕は、シスターの部屋で食べるお菓子が大好きだった。


「ヨハン、今日はどうしたの?」

 

 シスターは、僕のことをヨハンと読んでくれる。

 他の人類は僕たちのことを製造番号で呼ぶけれど、シスターだけは僕たちのことを名前で呼んでくれるんだ。そのことがとても嬉しくて、僕はシスターに名前を呼ばれるたびに――彼女のことがもっと大好きになった。家族になりたいと思うくらいに。

 セラに名前をもらった時、僕以上に喜んでくれたのはシスターだった。


「うん。今日は嬉しいことがあったんだ」

「嬉しいこと?」

 

 僕が楽しそうに言うと、シスターも楽しそうに首を傾げる。

 黒のエプロンドレスを着た、黒い髪の大人の女性。大きな黒い瞳に、健康的な肌と赤い唇。大きなおっぱいと、大きな手と、優しい声。とてもとても素敵な、僕の大好きな人類の女性。

 

 僕はシスターアンナの黒い髪の毛が大好きで、黒い色がうらやましかった。僕たちはみんな白い髪の毛で、僕はいつか自分の髪の毛を黒く染めたいと思っていた。


「うん。僕たち、もう直ぐに五回目の『出荷』でしょう? その『出荷』から無事に帰ってこられたら、僕たちは人類の仲間になれるんだ」

「人類の仲間?」

 

 シスターはほんの一瞬、表情を深刻にして尋ねる。

 僕は、何かいけないことを言ってしまったのかなって不安になった。


「ヨハンは、人類の仲間になりたいの?」

 

 シスターは優しい笑みを浮かべ直して、とても優しい声で尋ねる。だから、僕はほっとした。その笑顔と声があまりにも優しすぎるので、僕の胸は締めつけられたみたいに痛んだ。そして、どうしてか泣きそうになった。


「うん。僕は、人類の仲間になりたいよ。セラは五回目の『出荷』から帰ってきたらパン屋さんになりたいって言っているんだけど、僕は、まだ何になりたいか分らないんだ。人類には職業を選択する自由があるみたいなんだけど」

「ええ。そうよ。私たちは、何にだってなれるのよ」

「何にだってかあ? 僕は人類のセカイのことは良く知らないから、どんな職業があるのかぜんぜんわからないや。それでも、人類の仲間になれるのかなあ?」

 

 僕はひとり言のように言った。

 人類に直接質問をすることはなんだかいけない気がしたので、僕はいつもひとり言みたいな感じで。聞きたいことを訪ねるようにしていた。シスターが答えてくれる時もあれば、答えてくれない時もある。それでも別に良かった。シスターと一緒にいられるなら。


「ええ。きっと、ヨハンは人類の仲間になれるわよ。それに今でも、十分に私たちの仲間よ」

「本当。僕たち、もう人類の仲間なんだ」

 

 僕は嬉しくなって椅子の上で飛び跳ねた。


「僕たち、五回目の『出荷』から帰ってきたら『ハウス』っていう人類のお家に連れて行ってもらえるらしいんだ。どんなところなんだろう? それに、人類のセカイってどんなだろう? セラが言うには、ユートピアって場所らしいけど――」

 

 僕が浮かれながら言うと、シスターは僕の言葉をかき消してしまうみたいに、僕を強く抱きしめた。

 

 今まで人類に触れることなんて考えたこともなかったので、僕は言葉を失って、ものすごく嬉しく――そして、ものすごく幸せな気持ちになった。まるで、お母さんに抱きしめられたみたい。

 

 シスターは僕を強く抱きしめたまま、何も言わなかった。

 僕のことをギュッと抱きしめて、もう離さないというみたいにただただ強く抱きしめて、その身体を震わせていた。

 

 僕は、シスターが泣いているって知っていた。

 でも、どうして泣いているのか、それは分らなかった。

 

 今なら、この物語を君に語っている今なら、その意味が――

 シスターの涙の理由が分る。

 今なら、これまでの全てのことを理解することができた。

 でも、理解した時には全てが遅かった。

 

 そして僕たちは、五回目の『出荷』に――最後の戦場に向うために黒い箱の中に入って行った。

 

 セラと、必ず二人で帰ってこようねと誓い合って。


「ヨハン、絶対に大丈夫よ。私たちのおまじないを信じれば、私たちは二人で、無事にこのチャペルに戻って来られるんだから。そうしたら、この先も二人で一緒に――人類のためにこの身体ボディを尽くしましょう。人類の故郷で人類のためにお仕事をするのよ。ずっと――二人で」


 セラはそう言うと、僕の頬に唇をそっと当ててくれた。

 僕は、心から信じていた。

 

 二人で一緒にこのチャペルに帰ってきて、これから先もセラと一緒に――人類のために貢献していくんだと。

 

 人類の故郷で。

 

 でも、僕が見たのは、

 僕が見た人類のセカイは、

 故郷は、

 どこにも、

 


 わたしはおまえみどりごを、

 思って朝からおののくよ。

 歌わず喋らず別れましょう、

 ねんね、ねんね、おやすみよ。

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