11 ニルス
二回目の『出荷』を終え、僕とセラが『第六チャペル』に帰って来た時には――僕たち『第六チャペル』の子供たちの数は、二百人ほどに減っていた。
そのこと自体は、もちろん祝福するべきことだったけれど、チャペルの中はしんと静まり返り、まるで一人で森の中を歩いているみたいに閑散としてしまった。
僕たちの意識が常にアクセスしているローカルネットワークも同じような感じで、それまではうるさいくらいに飛び交っていた僕たちの意識が、今では十分の一までに減ってしまい、僕たちは突然広すぎる部屋に放り出されたみたいで少しだけ不安に、そして寂しくなった。
シスターアンナもそんな子供たちの不安を感じ取ったのか――ある日、突然にこんなことを言った。
「良く聞いてね、子供たち。これから、新しい子供をこの『第六チャペル』に招き入れます。その子たちは、『第九チャペル』と『第十三チャペル』の子供たちで、あなたたちと同じように数回の『出荷』を経験しています。でも、これからはこの『第六チャペル』の子供になります。班のメンバーが足りなければ班員を補充して、新しいあなたたちの
その言葉に、僕たちは興奮して色めきたった。
これまでも何度か別のチャペルの子供や、製造年数の違う子供に会ったことがあったけれど、共同生活はしたことがなかったので、僕たちは興味津々で別のチャペルの子供たちが来るのを待った。
新しい僕たちの
僕の
大切な仲間。
僕たちは、そんな存在を求めていた。
僕たちの班に加わった新しい二人は『第九チャペル』のニルスと、同じく『第九チャペル』のシア。
ニルスは、モデル・パラケルススの男の子。
シアは、モデル・ヘスティアの女の子だった。
『第九チャペル』の子供たちは後方支援――とくに『工兵』の役割を担った子供が多く、
モデル・パラケルススは後方支援・陣地作成型。
モデル・ヘスティアは後方支援・武器整備型。
他にも、
モデル・アルキメデスは部隊管理・技師特化型。
モデル・トリスメギストスは医療支援・万能型。
モデル・ヘファイストスは前線支援・罠設置処理・整備特化型。
〈やぁ、第六チャペルの新しい仲間たち。これからよろしく〉
ニルスはキザっぽい笑みを浮かべて僕たちに手を差し出した。
〈これから、よろしくお願いします〉
シアは礼儀正しくお辞儀をした。
二人は僕たちの班の一員になると直ぐに打ち解けて、僕たちはあっという間に大切な仲間になった。他の班でも同じように、余所のチャペルから移ってきた子供たちが新しい班の大切な仲間になって――そして、この『第六チャペル』の子供になった。
ラズリとシアは班の仲間以上に親密になり、直ぐにセックスをするようになった。
ニルスと僕もかなり親密に、それこそ
「セラに気を使っているんだね?」
ある日、消灯前のチャペルのテラスでニルスと二人で会話をしていた時に、彼は喉を震わせて僕に尋ねた。それがセラの真似をしているのだとすぐに分って、僕の胸は痛んだ。
彼は、僕のためにセラの代わりになろうとしたのかもしれないと思って。
「気を使っているんじゃないよ。ただ、初めてセックスをするならセラとが良いんだ。彼女のはじめてになりたいし――彼女にも、僕のはじめてになってほしいんだ」
「それが、永遠に叶わないことだとしてもかい?」
「永遠に叶わない?」
僕は夜空の月を見上げて尋ねた。
永遠にたどり着けなそうなほどに遠い月が、そこには浮かんでいた。
「ああ。僕たちの九割は、三回の『出荷』までに破損や消耗によって廃棄される。残りの一割だって、その先は長くない。後方支援が担当だった『第九チャペル』の子供たちでさえ、過去に五回以上の出荷から帰ってきたものはいないんだ」
ニルスの言ったその言葉は、厳然たる事実だった。
五回以上の『出荷』を経験した子供の話を僕は聞いたことがなかった。
そして、僕たちはすでに二回の出荷を経験している。
おそらく、僕たちは次の『出荷』から帰ってくることはできないだろう。
僕とセラ、どちらか一人ならともかく――二人で一緒には無理かもしれない。
「だから、次の『出荷』が行われるまでに、君はセラとセックスをするべきなんだよ。僕ではなくね」
ニルスが少しだけ寂しそうに言って、僕の背中を優しく撫でた。まるで僕の背中を押すみたいに。
「彼女が何に拘っているのかは分らない。まさか、僕たちが廃棄されるまでに、敵との戦いが終わるなんてことは考えていないだろう。僕たちの時間は残り少ない。ヨハン、君のしたいことを、したいようにするべきなんだ。じゃなければ――この祝福された時間が無駄になってしまう」
彼は赤い瞳を細めて、僕を真っ直ぐに見つめた。
目に少しだけかかる白い髪の毛が月の光で青く染まっていて、まるで青い海に二つの赤い月が浮かんでいるみたいだった。
「ヨハン、僕は君が気に入っているよ。君が大好きだ。だけど、それはこれまで僕が大好きになった大勢の中の一人としてだ。でも、君とセラは違う。君たちは、互いにとってかけがえのない――たった一人だ。そのたった一人と一緒にいられる時間を、どうか大切にしてくれ」
「ニルス?」
まるで大切な何かを僕に託すみたいに言葉を残すと、彼はそのままテラスを後にした。
ただ一人テラスに残された僕は、月を眺め、冷たい夜風に煽られながら――
セラのことを思った。
僕のたった一人の女の子のことを。
月は、
僕たちに残された時間はわずかしかない。
僕に何ができるのだろう?
そんなことを抱きながら日々を過ごしても、僕の祝福された日常は何も変わらなかった。
そのうちに三回目の『出荷』の日が訪れて、僕は――
僕とセラはまた大切な仲間を失った。
僕の
かけがえのない大好きな仲間。
ラズリと、
ニルスと、
シアは、
三回目の『出荷』からは帰ってこなかった。
僕とセラだけが、戦場から帰ってくることができた。
月を見上げるたびに、僕はニルスの言葉を思い出した。
そして、月からやってくる敵のことを考えた。
月は、限りなく翳ろうとしていた。
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