9 午睡

 僕たちが『第六チャペル』に帰って来た時、現実では半年の時間が過ぎていた。


 戦場に出荷されている間、意識の電源を落されていた僕たち『ヒューマノイド・ドローン』は、黒い箱の中で再び目を覚ました時――短い午睡ごすいを貪っていたような、そんな感覚だった。お昼寝が終わったと思ったら、半年が過ぎていたみたいな。


 それもそのはずで、僕たちには戦場の記憶は一切なく、兵器として使用されいる間のありとあらゆる出来事――経験や体験を覚えていない。戦場での出来事の全ては、僕たちの意識の変わりに、戦場でこの身体ボディを操作する戦闘用AIがデータとして蓄積をする。そしてそれらのデータは、僕らにはフィードバックされることはない。


 だから、僕は再び目覚めた時、僕の視界の隅に表示させたARの時計が半年後を示していたことにものすごく驚いたんだ。


 黒い箱を開けて身体ボディを持ち上げ、そしてあたりを見回すと――

 僕は直ぐにあることに気がついた。


 その黒い箱の数が、大きく減っているということに。

 iリンクに計算をさせると、『第六チャペル』の二千体を越える『ヒューマノイド・ドローン』の内、無事にチャペルに帰ってこられたのは六百体程度だった。


 消耗率で言えば七割に達し、過去のデータから見ても最悪の部類の消耗率――作戦だった。

 

 僕はおもむろに立ち上がって、この場所に帰ってくることができなかった子供たちのことを思った。

 

 彼らは人類のために戦い、その身体ボディを――リソースを使い尽くした。

 人類の未来に貢献したんだ。

 それは素晴らしいことで、とても嬉しいことで――心から祝福するべきことだったけれど、僕はそれを少しだけ寂しく思った。悲しいのかどうかは分らなかったけれど――それでも、もう二度とiリンクで会話をしたり、感情タグを送り合ったり、この意識で通じ合えないことを、僕はやっぱり寂しく思ったんだ。

 

 ずらりと黒い箱の並んだチャペルの光景を眺めてみる。

 なんだか、人類が死んだときに入る棺桶が並んでいるように見えてしまった。


 まるで墓地に立ち尽くしているように。


「感情が漏れているわよ?」

 

 振り返ると、そこにはセラが立っていた。

 彼女は困ったように笑って首を傾げた。賢く思慮深いセラは、もちろん自分の感情が漏れるような下手はしなかった。それでも、その表情を見れば彼女が今何を考えているかなんて手に取るように分った。


「ヨハン、あなたが無事に帰ってきてくれてよかった」

「セラ、君が帰ってきてくれてよかったよ」

 

 僕たちは互いに寄り添い合いながらそう漏らした。手を重ねて、意識と心も一緒に重ねた。

 僕が名前をあげた女の子。

 僕に名前をくれた女の子。

 僕が一番大好きな女の子。

 セラが、無事にこの『第六チャペル』に帰ってきてくれて、本当に良かった。

 だけど、帰ってこられなかったメンバーもいた。

 

 僕とセラと同じ班のノクトとルクスは帰ってこなかった。

 僕は身体ボディの一部を失ったんだ。

 それも、一度に二つも。

 彼らと一番親しかった、そして彼らに名前を与え――二人から名前をもらったラズリは、二人が帰ってこないことを心から喜んで、祝福していた。


〈あの二人は人類のために、そのリソースの全てを尽くしたんだよ。とても幸せなことだと思う。人類の未来に貢献できたんだもん。こんなに嬉しいことはないよ〉


 ラズリは心の底からそう言っていた。

 そして、そのことを他の子供たちと共有し祝福し合っていた。


 〈/おめでとう〉

 〈/おめでとう〉

 〈/おめでとう〉

 〈/おめでとう〉

 〈/おめでとう〉

 〈/おめでとう〉

 〈/おめでとう〉

 〈/おめでとう〉


「僕たちも、いつかこの身体ボディを――このリソースの全てを人類のために使うんだね」

「ええ、そうね。だってそれが、私たちが生み出された――製造された意味だもの」

「そうなったら、僕たち、離れ離れだね」

「かもしれない」

 

 セラはそこで押し黙ってしまった。


「私たち、どうして生まれてきたんだろう?」

 

 セラは、今にも溶けて消えてしまいそうな小さな声でそう呟いた。それは、まるで初雪のように真っ白な声と言葉だった。

 

 それは、僕たちが一度も考えたことにない問いで――僕たちの中に存在しない問いだった。

 

 だから、僕はセラに何も言ってあげられなかった。

 ただ黙ったまま、まるで墓地のような光景をただただ眺めていた。

 

 二人で寄り添いながら。

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