8 出荷

 

 僕たちは『黒い箱』に入って戦場に出荷され、そして前線の司令部に納品される。

その黒い箱に入った瞬間、僕たちは意識を停止させられて、あとは『ハンドラー』と呼ばれる『ヒューマノイド・ドローン』を指揮する士官の手に委ねられる。


 戦場での僕たちは――戦術データリンクと同期した『戦闘用AI』によって操作される。重要な作戦、人類の判断を仰ぐ必要のある任務に関しては、ハンドラーが直接僕たちを遠隔操縦することもあるらしいが、そこに僕たちの意思や意識は存在せず、あくまでもただの人型のドローンとして行動する。


『ドローン』とは、一昔前の『無人機』――つまり、人類の乗っていない自律飛行可能な航空機のことを指す用語だったが、無人機技術の発展により、今は陸海空を問わず様々なドローンが開発され、人型や動植物型のドローンも開発されて各地で運用されている。


「ねぇ、知ってた? 『ドローン』って、昔は蜂の羽ばたきの音のことを言っていたらしいわ。ブーンっていう音がドローンって聞こえるんだって。その後、無人航空機の名称に使われるようになったみたいなの。私たちのご先祖さまが、蜂の羽ばたきと航空機なんておかしいわよね」

 

 黒い箱の中に入って意識が停止される前、僕はセラが言っていたそんな話を思い出した。

 

 戦場での僕たちは、今あるこの意識や記憶を引き継がず――僕たちも、戦場での記憶や体験を引き継がない。戦場という非日常での記憶、体験、経験から完全に切り離された状態になる。そして戦場で破損や消耗、破壊されなかった個体だけが、この『第六チャペル』に戻ってこられる。

 

『ヒューマノイド・ドローン』の作戦における消耗率は、約三割と言われている。もちろん作戦の規模や内容によってパーセンテージはだいぶ上下するらしい。僕とセラが二人でこの『第六チャペル』に帰って来られる確率は、サイコロを振って二回連続で同じ目が出るくらいの確立だと思う。

 

 僕が再びこの場所に帰って来た時――もう一度目を覚まし、この意識と記憶を引き継いだ時、その時にセラが隣にいなくても、僕は悲しんだり、落ち込んだり、涙を流したりはしないだろう。彼女以外の、他の誰を失っても。

 

 それ以上に、僕は喜び――祝福したと思う。

 人類のためのこの身体ボディを尽くして、人類の敵と戦い、人類の未来に貢献できたことを。

 

 だって、僕たちはそのためだけに人類によって製造され、この日のためだけに日々を送っていたのだから。

 

 満ち足りた、なに不自由のない――

 祝福されたかのような毎日を。



『これより、第六チャペルの全ヒューマノイド・ドローンはスタンバイモードに移行します。以降は戦術データリンクと同期した戦闘用AIにヒューマノイド・ドローンの管理者権限を委譲。現在、ハンドラーの承認待ちです』


 

 iリンクから音声メッセージが送られ、僕の視界に『スタンバイモードへ以降』というARテキストが表示される。



『ハンドラーの承認を確認。スタンバイモードへ移行中。管理者権限の委譲を開始します』

 


 そのメッセージと共に、まず僕の視界が真っ黒に染まった。

 そして、まるで消灯時間のチャペルのように――僕の意識は微睡まどろみへと消え、停止した。


 僕の意識の電源が落される瞬間――

 僕は消灯時間の子守唄を聞いたような気がした。



 わたしはおまえみどりごを、

 思って朝からおののくよ。

 歌わず喋らず別れましょう、

 ねんね、ねんね、おやすみよ。

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