7 ヨハン


「私の名前、素敵なのを考えてくれた?」

「うん。気に入ってくれればいいんだけど」

「きっと、気に入るわよ。私はその名前を絶対に気に入るんだって――予感みたいなものがあるんだから」

 

 A07は自信に満ちた表情で頷いた。

 僕たちが戦場に『出荷』される一時間前、僕たちは図書室でこっそりと会っていた。みんなが忙しく出荷の身支度を整える中、僕たちはお互いに名前を与えるためにこうして向かい合っていたんだ。


 僕たちは、戦場の装備である『タクティカル・スーツ』と呼ばれる身体ボディの線が出るピッチリとした黒のスーツを着ていた。

 まるで黒いゴム皮を一枚纏っただけに見えるこのスーツは、『有機ナノ繊維』でできており、iリンクと接続し――使用者の状態に合わせていくつもの機能を発揮し、戦闘を継続できるように補佐してくれるという。


 真っ黒なスーツに顔以外の部分が全て包まれたことで、真っ白な僕たちの顔や頭は、より鮮明に浮き出して見えた。初雪が積もったような白い髪の毛に、兎のように赤い瞳。そして、染みの一つもない白い肌。そしてA07は、まるで全てを塗りつぶしてしまいそうなくらい真っ白な純粋さと純真さで、僕を見つめていた。


「おまじないの内容は、ちゃんとわかってる?」

「わかってるよ。僕たち二人とも無事に帰ってこられますようにってお願いするんだ」

「そうよ。心からそれを信じるんだからね」

「うん。心の底からそれを信じるよ」

「まずは、私から――あなたに名前をあげるわね」

「うん」

 

 僕はそう言われてものすごく緊張していた。期待と興奮で胸が風船のように膨らんで、今にも破裂してしまいそうだった。


「ヨハン。あなたは――ヨハンよ」

「ヨハン?」

 

 その名前を聞いた瞬間、その名前を彼女から贈られ、そしてそれを受け取った瞬間――僕は、まるで大切な宝物をもらったみたいな気持ちになったんだ。

 

 一生大事に、大切にし続ける本当に大切なものを手に入れたんだって。


「気に入ってくれた?」

「うん。すごく気に入ったよ。僕はヨハンだ」


 僕が興奮気味に語ると、彼女は頬を赤く染めてにっこりと笑ってくれた。花が咲いたみたいに色づいたんだ。


「ヨハンって、どういう意味なの?」

「それは、自分で考えるのよ。私がどういう思いであなたにヨハンって名前をあげたのか、ちゃんと自分の頭と心と意識で――魂で考えて」

「わかったよ」

 

 僕はヨハンという名前を魂に刻みつけるように頷き、早鐘を鳴らしたように鼓動する胸に手を当てた。


「さぁ、私にも名前をちょうだい」

「うん」

 

 僕は、彼女の赤い瞳をしっかりと見て――A07と呼ぶ最後の瞬間を、彼女の燃えるような瞳と一緒に記憶に焼き付けた。


「A07は――セラだよ」

「セラ」

 

 彼女は僕があげた名前を一度だけ口にすると。赤い瞳にうっすらと涙を浮かべて、おもいきりニッコリと笑ってくれた。


 彼女も――セラも、宝物を手に入れらみたいに表情を明るく、そして興奮させて、それを大切にしまっておくみたいに両手を胸に当てた。


「気に入ってくれた?」

「ええ、とっても。『セラ』。世界で一番素敵な名前で――世界で一番素敵な贈り物だわ。『セラ』――『詩篇』にときどき登場する言葉。『音楽記号』の一つで、『休め』って意味ね。ヨハンにとって私は、ほんの少しの吸息なのね。ああ、素敵だわ」

「ずるいよ。僕がつけた名前の意味を知ってるなんて」

 

 僕は、ずばりセラに――セラという名前をあげた意味を言い当てられて恥ずかしくなった。


「ふふふ。私のほうがヨハンよりも何倍も物知りなんだから仕方ないでしょう? 悔しかったら、ヨハンも私があげた名前の意味をしっかり考えてね」

 

 セラは楽しそうにくすくすと笑いながら僕の手を取った。

 僕たちの出荷の時間は迫っていて、僕たちの残された時間は僅かだった。


「私たち、絶対にここに帰ってこようね」

「うん。帰ってこよう」

 

 僕たちは約束を交わし、小指を絡めながら図書室を後にした。

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