6 おめでとう

 

 僕たち『キャロルの子供たち』は、『チャペル』にいる時はただの子供だけれど――戦場では兵器であり備品として扱われる。いくらでも変えの効く消耗品として。

 

 A07は、僕たちにはオリジナルな個があって、僕という個は僕しか存在しないと言ったけれど、戦場に出て実戦配備になれば、そんなことはまるで気にも留めらず、僕たちはただの戦闘単位として――数字として扱われる。

 

 僕たちは兵器であり備品であると同時に――

『ロジスティクス』と呼ばれるものの一部だった。


『ロジスティクス』とは兵站へいたんと呼ばれる言葉の総称であり、つまるところ戦争を行う上で必要となる全ての要素――物資の配給や整備、兵員の展開や衛生、施設の構築や維持と、その活動計画、最前線から後方に至るまでの全ての機関と施設、部隊の展開や移動と支援など、それらを一言で表したもの。


 僕たち『ヒューマノイド・ドローン』は最も効率の良い『ロジスティクス』であり、人類にとっても最も必要な『ロジスティクス』だった。


『ロジスティクス』の基本概念は――『必要なものを』、『必要な時に』、『必要な量を』、『必要な場所に』であり、これらを全て満たすことができる僕たち『ヒューマノイド・ドローン』は、まさに画期的だったと言う。


 僕たちは低コストで大量に製造することができ、消耗や破損を気にする必要なく戦場に逐次ちくじ投入することができる。戦争に置いて最も過酷であり、泥沼になりやすい地上戦に人類を投入することなく、いくらでも変えの効く『ヒューマノイド・ドローン』を前線配備できるメリットは人類にとって計り知れない。


 僕たちの実戦配備――『出荷日』が決まったのは、僕たちが『第六チャペル』で共同生活をしてから半年後のことだった。


「『第六チャペル』の子供たち、良く聞いてください――三日後、あなたたちは人類のために敵と戦います。あなたたちがこれまで健全で健康に保ってきたその身体ボディを、人類のために大いに役立ててください。おめでとう」


 その日をシスターアンナに告げられた僕たちは、ようやく人類のために尽くせる日がことに、大きな喜びと幸せを感じていた。身体ボディの奥底から溢れ出す暖かな日差しのような昂揚感で満ちていたんだ。


〈/歓喜〉

〈/喜び〉

〈/感動〉

〈/興奮〉

〈/高揚〉

〈/幸福〉

〈/感激〉

〈/おめでとう〉

〈/おめでとう〉

〈/おめでとう〉

〈/おめでとう〉


 そこら中で〈/おめでとう〉〈/おめでとう〉と感情タグが花びらのよう舞い、僕たちはiリンクを通じて喜び合い、祝福し合った。僕たちは、互いの感情で胸の奥の器を喜びで満たしていった。


 だって、僕たちはその日のためだけに人類によって生み出され――今日まで満ち足りた生活を送っていたのだから。


〈俺たちもようやく戦場に出られるんだな〉

〈ああ、これで人類のためのこの身体ボディを使えるぜ〉


 H92だったノクトと、AK24だったルクスが、グループネットワーク経由で声をかけてきた。


〈こんなに嬉しいことはないね。おめでとう〉


 AT51だったラズリがその言葉に応えて、三人の感情が僕の中に滝のように流れ込んできた。


 ノクトとルクスの名前は、ラズリが与えた。

 ラズリの名前は、彼女に名前をもらった二人が一緒に考えて彼女に与えたものだった。


 みんな満ち足りていた。

 幸せそうだった。

 

『第六チャペル』には二千人を超える子供たちがいたけれど、不安や怖れを感じている子供は一人もいなかった。そもそも、僕たちは不安や怖れを、悲しみや苦しみとったマイナスの感情を知らない。

 僕たちは今日まで、身体ボディの痛みすら知らずに生活してきたのだから。

 

 そしてこれから先も、僕たちは不安や怖れを、悲しみや苦しみを――そして、痛みを感じることはない。

 

 僕たちは、それを知らずに戦場に行く。

 兵器として、備品として、そして消耗品として人類に使われる。

 それだけが、僕たちが製造された意味であり――


 

 存在の理由だった。

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