5 おまじない

「ねぇ、私たちと人類の違いって何だか分かる?」


 A07がおもむろに尋ねる。彼女のいつだっておもむろに、突然なにかに気が付いたように質問をした。


「なんだろう? iリンクで繋がってないことかな?」

「あら、iリンクを使用している人類だっているわよ。iリンクなんてちょっと手術すれば誰でも使用できるんだから。脳に簡単なチップを埋め込むだけ。そうすれば、あっという間に脳がネットワークと繋がって手軽に情報の検索や通信、拡張現実の使用が可能になる」

 

 A07はこんなことなんでもないといった感じで、自分の『パーソナルタグ』をポップアップさせてみせる。僕の視界上で、彼女の『タグ』が大きくなったり小さくなったり、激しく自己主張をしていた。


 iリンクの拡張現実階層オーグメントレイヤーでは、たくさんの『タグ』が至る所に貼り付けらていて、そのタグに視界を合わせるとタグに添付された情報がポップアップする。ちょうど、今のA07みたいに。


 現実の視界の上にCGの世界が重なっていると言えば、人類には分りやすいのだろうか?


 僕たち『ヒューマノイド・ドローン』の『パーソナルタグ』には――製造番号や身体ボディのモデル、授業やフィールドワークの成績などが記されている。それだけでなく血圧や心拍数、体重、筋肉量、今朝何を食べたのか、昨日何時に就寝したのか、そして排泄の回数までが事細かに。


 僕たちは人類によってとても詳細に管理され、大切に守られていたのだ。


「じゃあ、なんだろう? やっぱり身体ボディの機能かなあ? 僕たちは人類よりもずいぶん丈夫で強靭に出来ているみたいだし、戦場の技能に特化しているらしいよ」

 

 僕が自信なく言うと、A07はやれやれと首を横に振った。


「人類が、私たちをつくったのよ? その人類が自分たちの肉体くらい弄れないと思う? 私たちと同じ性能をもった人類もいるんだから。でも、人類には後天的に肉体を弄ることに忌諱きいを感じる人も多くてあまり主流ではないらしいわ」

「じゃあ、なんだろう。降参。ぜんぜんわからないや」

「簡単よ。人類はどうやって生まれるのか。それを考えれば直ぐに分るでしょう?」

「ああ、そっか。人類には、お父さんとお母さんがいるのか。人類は、僕たちと違ってお母さんの子宮からうまれてきたんだね」

 

 僕がハッと思いついてニコって笑ってみせると、彼女は底抜けにうんざりしたように溜息を吐いた。まるで出来の悪すぎる生徒を見つけたみたいに。シスターアンナだってそんな顔はしないのに。


「今は人工授精で生まれる人類も多いのよ。もうっ、なんで分らないのかしら? ここまでヒントを出しているのに」

「そんなこと言ったって、分らないものは分らないよ」

 

 僕がふて腐れて言うと、彼女はしょうがないと読んでいた本を閉じた。


 僕たちは、このとりとめもない会話を図書室でしていたんだ。

 A07は図書室を好んだ。自分から進んで図書係になり、自由時間のほとんどを図書室で過ごした。そして彼女は、紙の本から得られる知識を好んだ。


 一度、どうしても本を読むのか? iリンクで情報だけダウンロードすればいいじゃないか? と尋ねたことがある。ちなみに、iリンクは多くの娯楽に通じていて、漫画も小説も読めるし、映画見られるし、音楽も聴ける。


「こうして紙の本に触れ、実際にページをめくり、目で文字を追うことで、私は本を読むという体験をしているのよ。それは、情報のダウンロードでは得られない貴重な体験なの。この身体ボディに体験を、魂に記憶を刻み付けて――忘れられない特別な行為に変えていくのよ」

 

 A07は本を読むことを好んだけれど、それ以上に人類のことを好んでいた。人類のことが大好きで、少しでも人類に近づきたくてたくさんの本を読んだ。

 

 たぶん、彼女は人類になりたかったんだと思う。

 だから、彼女はiリンクを経由した会話ではなく、声を出して会話を好んだ。


 少し補足しておくと――iリンク経由の会話は、声に出してする会話の倍以上の速さで意思の疎通ができる。その上に、感情も共有することができたから、僕たちにとっては言葉での会話にメリットは無かった。なんて言ったって、僕たちは生まれながらにiリンクと一緒なのだ。

 

 僕たちに『第六チャペル』の子供たちには専用のローカルエリアネットワークがあり、僕たちはいつだってそこに繋がっていて、子供たちの誰とでも会話をすることができた。僕たちは、常に全員と繋がっていたんだ。それに、特定の子供たちとグループを組んで、個人的なローカルエリアネットワークだって構築することができた。あまり交友関係のひろくない僕でも、常に六つくらいのグループに所属していたんだ。

 

 だから、僕たち『第六チャペル』の子供たちのほぼ全員がiリンク経由の会話をする中で、彼女一人だけが喉を震わせ、実際に声を出して会話をするさまは少し異様だった。


 僕はA07と会話をする時は実際に言葉を声に出すことにしていた。


 言葉を声に出して会話し、紙の本を読んで人類に近づこうとするA07は、特別な子供だったと思う。この時も、彼女は少しでも人類のことを知って人類に近づこうとしていて、本を読んで得た知識を僕に披露して、自分の中で知識を反芻はんすう咀嚼そしゃくしようとしていた。

 

 彼女は、僕たち『キャロルの子供たち』と人類の決定的な違いを口にする。


「簡単よ。人類は生殖活動で子供をつくることができるの。子供を作れない人類もいるみたいだけれど、基本的に多くの人類は精子と卵子の受精によって子孫を残すことができる。セックスによってね。私たち『ヒューマノイド・ドローン』は基本的には人類と同じ遺伝子構造をしているけれど、この生殖の機能だけは完全に除外オミットされているのよ」

「そうか。僕たちは子供つくれないのか。セックスなら、みんないつもやっているのにね」

「子供のつくれないセックスなんてお遊びみたいなものよ。運動の延長ね。あなたも気持ちよくしてあげましょうか?」

「やめておくよ」

 

 僕は、A07と気持ちよくなりたかったけれど首を横に振った。


 僕たち『キャロルの子供たち』は、基本的に誰とでもセックスをした。それは一種の愛情表現で、大好きな子とは進んでセックスをするのが僕たちの習慣だった。愛情表現というだけでなく、気晴らしや運動感覚でも、子供たちは疑似的な生殖活動に日々勤しんだ。男の子同士でもしたし、女の子同士でもした。複数でも。


 だけど、A07は誰ともセックスをしなかった。


「悪いけど、私は性欲もないのに擬似的な生殖活動をするつもりはないの」


 僕はA07のはじめての相手になりたかったけれど、彼女にハッキリとそう言われたので素直に諦めた。


 一度だけ、彼女に気持ちよくしてもらったことがあるけれど、僕は自分だけが気持ちよくなっていることに、ただ慰められているだけだということに寂しさと虚しさを覚えて――それ以降、大好きなA07にも気持ちよくしてもらうこと拒否するようになった。いつか、二人で気持ち良くなりたいから。


 だから、僕とA07はセックス未体験ということになる。

 しかし、他の子供たちは基本的に毎日誰かとセックスをしていた。

 子供をつくれない擬似的な生殖行為を繰り返した。


「私たちは人工子宮である『キャロル』によって製造される。製造された私たちの身体ボディは、人類で言うところの十代後半の少年少女と同等で、生活に必要な知識だけがインストールされた状態で『チャペル』に出荷される」

 

 彼女はいつの間にそんなことを調べたのか、僕たちの製造過程を事細かに説明し始めた。


「私たちの意識は、電子ゲノムである命令コードの列――『精神種子シード』によってプログラムされ、この身体ボディにダウンロードされる。だいたい十歳前後の精神年齢に設定されて。まぁ、だいたい一万回以上サイコロを振って出た目が私の意識ってことね。『精神種子』のDNAベースは常にアップデートが行われているから、私と同じ意識を有する個体は、確率論的には二つとして存在しない。つまり、製造されたと言っても――私と言う個は私しか存在せず。あなたという個は、あなたしか存在しない。つまり、私たちはオリジナルな存在なのよ。人類と何も変わらない。ただ生殖機能だけが無いだけ。私のこの身体ボディも、この心も、この魂も――全て人類と同じものでできている」

 

 A07は読んでいた本を机に置いて、自分の胸のあたりの制服をギュッと強く握った。その表情はどこか残念そうで、そしてどこか怯えていた。まるで迷子の子供みたいに。

 

 僕の胸の奥も、彼女の手に握らているみたいに強く締めつけられた。


「ねぇ、知っていた? 人間には『おまじない』っていう風習があるのよ」

「おまじない?」

「そう。科学や知識の力じゃなくて、神秘的なものの力を借りて何かを克服したり、お願いを叶えたりするの。私も、おまじない一つの考えたのよ」

「自分で考えたおまじないって、それ機能するの?」

「ふふふ、人類には『ジンクス』っていう思い込むことで縁起を担ぐっていう風習もあるのよ。つまり、私たちが思いこめばそれはきっと叶うのよ」

「うーん、無理やりな気がするけど、まぁ、分ったよ。で、どんなおまじないなの?」

「あなた、もう私の名前は考えた?」

 

 僕たちはそれぞれに名前を与えることを約束して、お互い良い名前が決まったら披露し合うことになっていた。すでに僕たち以外のほとんどが、お互いに付け合った名前で呼び合っている。セックスに続いて、名前の付け合いでも僕たちがビリッケツだったのだ。


「だいたいは決まったよ」

「だいたいって何よ? これはたった一度しか行えない神聖な儀式なのよ」

 

 A07は不機嫌そうに頬を膨らませた。


「人類には改名っていう習慣があるらしいよ。それによれば――」

「つまらないことを言って、私を底抜けにうんざりさせないでっ。そんなこと、とっくの昔に知っているわよ。私たちの周りでも、何度も改名をしているおバカな子はたくさんいるんだから。でも、名前っていうのは、そんなに簡単に変えて良いものじゃないの。名は体を表す――与えられた名前によって、その形を決定してしまうことだってあるんだから。好む好まざるにかかわらずよっ」

 

 彼女は、とても真剣な表情でそう告げた。まるで、僕が彼女に与える名前によって、彼女の姿形が――そして、その心や魂が決定してしまと言わんばかりに。


「分った。真剣に考えるよ。本当は、ずっと真剣に考えてたんだ。でも、なんか気恥ずかしくて」

 

 それは本当だった。


 僕はA07に名前を与えるために、色々なことを調べたり、尋ねたり、相談したりしていた。特にシスターアンナには何度も相談をして、いくつか候補を出してもらっていた。


 でも、シスターアンナはいつも僕にこのように言い聞かせた。


「良く聞いてね、Y66? 私がいくつか出した候補よりも、あなたが自分の頭と心で考えて決めた名前の方が、きっとA07は喜ぶと思うの。素敵で意味のある名前よりも、あなたが名付けた名前ということにこそ、その価値があるんだから」


 シスターアンナの言っていた言葉の意味が、今なら少しだけ分るような気がした。

 僕も、A07が僕のために選んでくれた名前が欲しかった。


「じゃあ、今から言うことをよく聞いてね?」

 

 A07はおまじないの内容を口にし始めた。


「もう直ぐ、私たちの『出荷日』でしょう?」

「そうだね。そうなったら僕たちは兵器として戦場配備だろうね」

「私たちは、出荷日の前日に名前を与え合うの。その時、『必ず帰って来られますように』ってお祈りを込めるのよ。あと、そのことを心の底から信じるの。それが、私たちのおまじない」

「でも、僕たちが帰って来られるかどうかは戦場しだいだし、もっと言えば、僕たちを操縦する『ハンドラー』しだいなんじゃ?」

「バカねっ。だからおまじないなんでしょう? 私たちや人類ではどうしようもできないことを、どうにかしてくださいってお願いするんだから」

「ああ、そっか。わかったよ。A07に名前をつける時にしっかりとお願いするよ。A07が無事に帰って来れますようにって」

 

 僕がそう言うと、彼女はにっこりと笑った。


「違うわよ。二人とも、無事に帰ってこられますようにってお願いするんだからね」

 

 A07はそう言うとさっと身を乗り出し、僕のほっぺに唇を当ててから――さっと図書室を後にしてしまった。

 

 僕はしばらく呆然としたまま図書室に立ち尽くしいて、彼女が置いて行った本の真っ白な表紙を眺めていた。

 

 

 心ここにあらずで。

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