4 子守唄

 チャペルでの共同生活は、本当に穏やかなものだった。

 何ひとつ不自由のない幸せな暮らしそのもので、僕たちはチャペルの中で穏やかな日々を過ごし、すくすくと育っていった。

 

 一日のスケジュールはこんな感じ。

 

 朝早くに目覚めて、みんな一緒に朝食をとる。食堂にはたくさんのメニューが並ぶ――焼きたてのパンにシリアル、オムレツ、目玉焼き、スクランブルエッグ、ソーセージ、ベーコン、ハム、サラダ、フルーツ、ヨーグルト、牛乳、オレンジジュース、などなど。何でも好きなものを選んで好きなだけ食べて良い。もちろん、人類からもらったこの身体ボディを健康で健全に維持できる範囲で。カロリーの計算は、iリンクが自動でしてくれる。


 朝食の後、僕たちは授業を受ける。簡単な数学や言語の勉強、人類の歴史、科学や物理の実験なんかを行う。


 おいしい昼食を食べた後は、午後の授業が始まる。チャペルの外の広大な庭や森をかけ回るフィールドワークがほとんどで、僕たちはそこでこの身体ボディの使い方を学ぶ。僕たちの身体ボディは人類の肉体よりも強靭に設計され、製造されており――五感、筋力、走力、跳躍力、反射速度、脳の処理速度に至るまで、全てにおいて優れている。

 

 フィールドワークで行われるのは、広大な森を舞台にした『鬼ごっこ』と呼ばれる遊びだった。班のメンバーが味方のチーム戦もあれば、僕一人で逃げ回る個人戦もあった。もちろん僕や、僕たちの班が鬼をつとめることも。

 

 鬼ごっこで一番なのはいつも僕だった。僕は鬼をつとめれば直ぐにみんなを見つけてつかまえることができたし、僕が森の中を逃げ回れば誰も僕のことを捕まえられなかった。鬼ごっこは同時に『かくれんぼ』でもあったので、僕は隠れることにも上手くなっていった。結果、僕を見つけられる鬼はいなくなった。鬼の数を何倍に増やしても。


〈お前は指揮・支援型の身体ボディだから鬼ごっこが得意なんだよ。レスリングなら俺の独壇場だ〉

 

 モデル・ヘラクレスのH92が面白くなさそうに言う。


〈走れば俺が一番さ。誰も俺に追いつけやしない〉

 

 モデル・アキレウスのAK24も面白くなさそうに言う。


〈そんなこと言ったって、僕以外のタイプ・ユリウスは鬼に捕まってるじゃないか? 身体ボディのせいじゃないと思うけど〉


 僕たち『キャロルの子供』たち――『ヒューマノイド・ドローン』は、全員白い髪の毛と赤い目、さらには白い肌をもっていたけれど、与えられた身体ボディによってそれぞれ特徴や特性があり、性能にも差があった。

 そして何より、戦場に置いての役割が大きく違っていた。

 


 モデル・ユリウスは作戦指揮・支援型。

 モデル・ヘラクレスは重装歩兵型。

 モデル・アキレウスは操縦・万能型。

 モデル・アタランテは後方支援・射撃型。

 モデル・アテナは火器管制型。


 

 他にもいくつものモデルに分かれて、戦場においてそれぞれの役割を果たすように設計され製造されている。


 モデルによって身体ボディを大きさや顔つきも若干違い、例えば僕のタイプは一番細身で小柄な身体ボディ。ヘラクレスは熊のように大柄で、アキレウスは豹のようにしなやかな痩躯。


 同タイプは全く同じ容姿、姿形をしているので、髪の毛の長さや、支給される白の制服を改造したりして、同じモデルの子供との違いを出すのが流行っていた。そんなことをしなくても、僕たち子供たちはiリンクを通じて誰が誰かを見分けることが容易にできたんだけれど、それでも僕たちは競うように個性を出そうとした。


 僕は白い髪の毛を長く伸ばして、工作でつくった銀の髪飾りをつけていた。


 工作は、午後の授業の後の自由時間で受けられる特別授業の一つ。工作の他にも美術、音楽、裁縫、調理、陸上、レスリング、地学、天文学など様々な特別授業もあり、チャペルでの生活を有意義にするために好きなものを受講することができる。もちろん受講しなくても自由なので、図書館で本を読んだり、他の班の子供たちと談話してお喋りをしているだけでもいい。


 何をしても自由で、この身体ボディが健康で健全に保たれるなら全ては許容された。


 自由時間が終わると夕食の時間。毎晩、手の込んだ豪華な料理が並んだけれど、僕が一番好きな夕食はカレーライスだった。ステーキやハンバーグ、ミートソーススパゲティ、オムライス、ビーフシチューなど、どれも豪勢でおいしかったけれど、僕はどうしてかカレーライスが大好きだった。


 夕食を食べた後は後片付けと簡単なミーティングがあり、その後就寝までは好きに過ごしていい。子守唄と共に消灯が行われると、僕たちはベッドに行って眠りにつく。


 子守唄はこんな感じ。



 おやすみ、おまえみどりごよ、

 ねんね、ねんね、おやすみよ。

 おやすみ、おまえみどりごよ、

 ねんね、ねんね、おやすみよ。



 それで一日が終わる。


 本当になに不自由のない幸せな暮らし。

 穏やかなチャペルでの生活。

 目を瞑れば、今でもありありと思い出すことができる最高で最良の日々。

 僕たちの全員が揃い、笑いあい、ふざけ合い、気持ちを交わし合った素晴らしき日々。


 暖かな日溜りの中にあった過去の思い出。

 今はもうない、僕の故郷の――



 景色。

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