3 名前

 

「ねぇ、人類にはそれぞれ名前があるって知っていた?」


 HD・モデル-アテナ・060807ver2.1は、そう切り出した。


「僕たちにもあるじゃないか? 僕はHD・モデル-ユリウス・060666ver1.2.11だよ」

「馬鹿ね。それは製造番号よ。人類で言うなら、十六桁の個人識別番号みたいなものなんだから」

「A07は? 僕はY66だし」

「それじゃあ、短く略しただけでしょう? それに、私たち『ヒューマイド・ドローン』の製造番号は、シスターや他の人類が私たちを管理するための番号で――略称は、そのままだと長すぎるから略しているってだけのつまらないものなのよ」

 

 A07は呆れたように言って首を横に振った。

『第六チャペル』での共同生活が始まって一月ほどが経った頃、僕たちはそれぞれが知り得た知識を披露し合うように、よく他愛もない会話をした。


「私たちも名前を付け合うのよ」

「名前を付け合う?」

「ええ。私たちよりの半年前に製造された『第七チャペル』の子供たちに聞いたんだけれど――名前を付け合うのは、私たち『キャロルの子供』たちの風習みたいなものらしいの。一番大好きな個体から名前をつけてもらうらしいのよ。もう名前を付け合っている子供たちもいるんだから」

「名前をつけてもらう?」

 

 僕は意味がよく分らなくて首を傾げた。

 そもそも名前をつけるということが、どういった意味を持つのかよく分らなかったんだ。


「名前っていうのはね、名付けた人の願いが込められているものなのよ。こんなふうに育ってほしい、成長してほしいっていう大好きが込められているの」

「ふーん、なんとなく分ったよ」

「じゃあ、私の名前はあなたがつけてくれる? あなたの名前は私がつけてあげるわ」

「僕が、A07の名前を?」

 

 僕は直ぐに嬉しさが抑えきれなくなって、感情タグをそこら中にまき散らしてしまった。


「ええ。素敵な名前をつけてよね?」

 

 賢くて思慮深いA07は、僕のように感情タグをそこら中にまき散らすことはなかったけれど、iリンクを通じて――〈/嬉しい〉〈/楽しみ〉というタグを僕だけに送ってくれた。


〈あー、また二人でコソコソ会話してるー〉

 

 すると、少し離れた所からAT51がiリンクを通じて声をかけてきた。あとに続いてAK24とH92も、からかいの言葉を投げかけてきたけれど、僕たちは聞こえないふりをして相手にしなかった。


〈おいおい、知らんぷりか? だけど、また感情がお漏らししてるぞ。いつまで経ってもY66は赤ん坊だな〉

〈キャロルの子宮に戻ったほうがいいんじゃないか。ぎゃはは〉


 だけど、僕はついに我慢できなくなって反撃に転じることにした。〈/怒り〉〈/混乱〉の感情タグをミックスさせた爆弾を二人に送りつけると、僕と二人の頭の中で感情の爆弾が爆発して、僕たちの頭の中をかき回す。


〈うわっ。この野郎。それは反則だぞ〉

〈くっ、お前だって同じ目に合ってるんだぞ?〉

 

 二人は突然の反撃に目の前が真っ白になって頭を抱えた。もちろん、僕も頭を抱えていた。


「まったく、いつまでたっても子供じみた遊びをして。もう私たちがチャペルに来てから一月も経ったのよ?」

 

 僕の隣でA07が呆れたように言う。

 僕たちは頭を抱えながら笑っていた。

 なんてことない、いつものじゃれ合いだった。


 僕たちの班で頻繁に行われている他愛もない遊びで、僕はその遊びが大好きだったんだ。誰一人怒ったり悲しんだりせず、僕たちはいつも下らない悪戯をして遊んだ。

 

 僕たちは五人で一人。

 他の四人は僕の身体ボディの一部であり、僕の身体ボディの延長。

 そして欠かせない僕のパーツ。

 

 僕たちは、いつまでも一緒にいるんだって思っていた。

 ずっと、一緒なんだと。

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