第3話

「辰巳さん…?辰巳弦間さんですよね?」


太陽が山際に沈み始め、蝙蝠が数匹、朱色の空を滑って行く。

田舎の夏は涼しそうでいいと何度か言われたことがある。だとすればそれは、こういう時間帯でのことだろう。

国道から一本外れた場所に無人駅がある。

隣の市から、高校生や、わざわざ電車で通勤する物好きなサラリーマンが帰ってくる時間帯だ。

なんとなく懐かしく感じられて、ぼんやり眺めながら通り過ぎようとしたが一人の女子高生と目があった。


彼女はしばらく固まっていたが、ハッと我に返った様子でこちらに駆け寄ってきた。

ほんの十数歩の距離であったが随分息を切らして、僕の名前を呼ぶ。

僕はといえば、曖昧に返事を返すくらいしか出来ない。若干声が上ずった。

高校卒業以来女子高生と関わったことなどないんだからしょうがない。

しかしこの子は、なんとなく見覚えがあるぞ。


「私、柚木です、柚木栞です…。覚えて…いますか?」

「ゆうき、しおり……。ああ、お隣の栞ちゃんか!」


随分大人っぽくなった。身長が伸びて、出るとこが出て…特に胸が。身長よりも胸が成長したんじゃないか?

とは、セクハラのようで口には出さなかったが、本当に見違えたのだ。

変わらないのは眼鏡と2本の三つ編みくらいのものだ。


僕が知っている柚木栞は中学生の頃の彼女で、身長はやや小さいが手足が長くスレンダーな女の子だった。

いわゆるもやしっ子だ。本人にとっては悩みの種だったようだ。

成長が早すぎた僕のような子供から見れば、身軽そうで良いものだと思っていた。

無論当時は、という話だ。


「あの、妹さんに聞いていて…!今日帰ってくるって…こんなに早く会えるなんて思ってなくて…そのっ…!」


柚木栞は前髪を整えながら随分早口で言葉を続ける。


「すっすみません、私、何言ってるんだろう…」


うつむいて隠してはいるが赤面しているのがわかる。顔を覆った両腕が豊満な胸に埋もれている。


「いや、大丈夫。むしろ良いよ」

「え?なんです?」

「なんでもない…」


口を押さえてしまったと思ったが、何のことやら柚木栞には分からなかったようだ。


「良ければ送るよ。と言っても隣だけど」

「あ、ありがとうございます!」


女子高生と夕暮れを歩いているだなんて、つい2、30分前の僕から見れば驚きだ。

故郷へ戻るなり、廃人と化した幼馴染の家の地下に監禁されかけ、その後は………


「あの…弦間さん」

「何?」

「あの、シャツがその、ボタン、掛け違えてます」


その後は………


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バーストヘッド 極大射程 @kkdisti

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